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2009年3月19日 (木)

ウェンディSS『ウェンディの一人語り もしくは、変わらぬ日常』

 おーい、こっちッスよ、こっち! なにきょろきょろしてるんッスか?
 せっかく呼び出したのに、そんな離れたところにいても意味ないッスよ。
 え?
 その格好は何、って言われても、これはあたし達の仕事着みたいなもの――って、そっか、この格好見せたの、初めてッスね。
 ん? どうしたッスか?
 もしかしてちょっとそそられたりなんかしたッスか?
 ちらりと覗くふともものラインなんかちょと扇情的だったりするッスか?
 え? 寒そう? はあ……そうッスか。
 ……前のスーツの方がその辺攻撃力高かったっすかね。――や、こっちの話ッスよ。
 まあ、確かにちょっと寒いッスけどね。
 今日は日中暖かかったから、上着は要らないと思ったのに。日が暮れたら急にこれッスから。
 で――よしよし、案の定そのぶかぶかのコート着てきたッスね。
 それしか持ってない、って何度も聞いたッスからねえ。
 え? 何を言ってるんだって?
 今更何を言ってるんッスか、ほら、前あけて前。
 合体! なんつって。
 ――案の定、あたし一人押し込んでも余裕でカバーしきれるッスね。このコート。
 ふう、あんたの体温とこのコートのおかげで生き返る暖かさッスよ。
 いつもは不格好にしか見えないけど、今日だけは感謝するッスよ。
 しかしまあ、マジでワイドなコートッスね、これ。
 あんたの尊敬してるおじさんって人、どんだけデブだったんっすか?
 え? 昔はガチムチだった? や、そんな事は聞いてないッスけど……ひょろいあんたとは全然似てないって事ッスか。
 で、どうするんだって?
 ま、とりあえずッスね。あんたのお店で晩飯にしたいんッスけど。
 ……なんでコートから出なきゃならないんッスか? このままッスよ、このまま。
 寒いから、わざわざ仕事中なの承知で呼び出したんッスからね。
 ため息吐いてても、なんにもならないッスよ。あたし、ここから出る気はないッスから。
 じゃあ脱ぐ? だめッス。あたし一人でこんなでかいコートどうやって着ろって言うんッスか?
 ああ、今日はとりあえず外出許可が夜中まであるから大丈夫ッスよ。任務はもうきっちり終わらせたッスし、パパリンとチンク姉にも許可貰ったッスから。
 その任務で、こんだけ寒い思いするハメになったんスけどねえ。
 ほら、二人羽織状態でも全然問題ないっしょ。行くッスよ!

 やー、楽しみッスね。
 あんたの料理、一月振りかな。
 今日もどうせ定休日返上で新メニューの開発してたってとこじゃないッスか?
 図星?
 仕事バカもほどほどにしとかないと、疲れきって倒れることになっても知らないッスよ。
 その最中に呼び出すあたしもあたしだけど。
 や、気分転換になってるなら、それはそれでいいんッスけど。
 照れるッスねえ。
 で、新メニューの開発状況はどんな感じッスか?
 ふむふむ、要するに佳境に入ってる、と。
 スイーツに関してなら、知り合いのご両親が確か結構すごい人だったはずッスから、何かレシピ聞いてきてもいいッスよ?
 え? 試食?
 うーん、何人か、声を掛けてみてもいいっスけどね。
 舌の肥えた知り合いも、何人か居るッスから。
 あたしの家族ッスか? あー、味覚よりも量ってのも居るッスからねえ。
 チンク姉あたりは、それなりに舌も肥えてそうかなあ。
 ……味覚がちょっと幼いかもしれないッスが。
 え? 姉なのに味覚が幼いって変じゃないかって?
 やー、説明してなかったッスかね。チンク姉は間違いなくあたしのお姉さんなんッスけどね。
 ほら、こないだ説明したように戦闘機人なんで。
 見た目も幼いけど、時々妙に幼い部分もあるんッスよね。お気にのシャンプーハットが無いとシャンプーが出来なかったり。
 お、興味持ったッスか?
 ある意味永遠の幼女ッスからね。そういう特殊性癖の人にはお勧めかもしれないッスよ。
 ……なに、マジで考え込んでるんスか。蹴っ飛ばすッスよ。
 冗談もほどほどにしてほしいッス。
 んー、とりあえず試食一号として気合入れて味見してみるッスよ。
 っと、だいぶ人通りが増えてきたっスね。
 え? 恥ずかしい?
 こんだけぶかぶかのコート普段から着てる時点で、既に恥ずかしいッスよ。今更言わないで欲しいッス。
 しかしまあ、もう日が暮れてるってのに、どこも賑わってるっスね。
 家族連れも多いし、あのへんのモールもこれからが稼ぎ時ってとこッスか。
 治安も良くなったし……テロリストだの、ロストロギアだの、悲惨な事故だの――あたしらが関わってる事件が嘘みたいッスよ。
 みんな、それなりに幸せにやれてるって事ッスかね。
 世界のどこかで、まだ苦しんでる人はいっぱい居るんっしょうけど、少なくとも、今、ここはささやかな幸せに浸れてる――きっと、いいことなんッスね。
 え?
 あたし達が守ってるから――ッスか。
 うん、それは、確かに……そうッスね。
 管理局がこの世界を守ってるから、みんなが平和に暮らせてる――それは、確かッス。
 なんだかんだで、あんたと出会ったのも管理局の任務で出動したのが元ッスから。
 でも、ちがうッスよ。
 あたしらには、胸を張れる資格なんて無いッス。
 前も言ったッスよね。
 あの、ゆりかご事件で、あたしらはこの世界を焼き尽くそうとしたッス。
 ドクターの求める世界にしてしまうために。
 あのとき、あたし達はそれに疑問なんて欠片も持って無かったんスよ。
 なにも知らなかった――なんて言い訳は、出来ないッス。
 あたし達だって、考える自由がなかったワケじゃないんッスから。
 なのに、ただ、ドクターの言葉だけを信じて。
 強くなることばっかり考えて……
 望みが叶うことだけを、考えて……
 それで、世界がどうなるか知らなかったわけじゃないッス。
 知ってて、それでも、どうでもいいって……本気でそう、思ってたんスよ。
 あたし達の知らない世界なんか、どうなってもいいって。
 こんなささやかな幸せなんて踏みにじってもいい。
 あたしの知らない所で賑やかにやってる街も焼き尽くしちゃっていい。
 名前を知らない誰かだって、叩きつぶしちゃえばいい。
 ……あの人達があたし達を力ずくで止めてくれなかったら、きっと、今頃。
 あたし達は、焼け野原の上に、ドクターが約束した世界を作っちゃってたのかもしれないッスね。
 ささやかな幸せも、賑やかな街も――きっと、すれ違ったこともなかったあんたも、みんな瓦礫の下に埋めちゃって。
 本当は……資格なんて、無いんッスよ。
 こんな所でこうやってる、資格なんて。
 本当のことを言うと、管理局は甘いなって思ってたんスよ。
 あれだけ大規模の事件を起こしたんッス。
 一生拘禁でも――いや、死刑だって、文句は言えない立場ッスよ。
 それが、やたらレベルの低い拘置処置で。
 何年先になるかはわからないッスけど、釈放も保証されてるッス。
 監視付きとは言っても、ちょっとお願いするだけでこの程度には外出も許してくれる。
 でも、違うんッスよ。
 最近、やっとわかったんッス。
 これは、とってもキツい罰なんッス。
 手が届きそうな所に、幸せが見えてる。
 手を伸ばせば、届きそうに見える。
 だけど、手を伸ばせない。伸ばしちゃいけない……。
 贅沢言ってるのは、わかってるんスよ。
 勘違いしてるのも、わかってるんス。

 あ。
 あはは、は。
 なんか、一人で勝手に盛り上がって、落ち込んじゃったッスね。
 こんなあたしに付き合ってくれるあんたにはちょっと感心するッスよ。
 でも……あまり優しくしないでほしいッス。
 勘違いしちゃうッスから。
 頭では、わかってるんスよ。
 あたしは、まともな人間でもないし、犯罪者で一応拘留されてる身ッス。
 人を好きになんてなっちゃいけないし、好きになってもらえるような立場でもない。
 いつまでもこんな事やってても、辛いだけッスから。
 で、でも、あんたの作る料理はマジで美味いッスからね。
 それに飽きるくらいまでは、こんな事続けるのも悪くはないかなって――

 わぷ!?

 そ、そんな、抱きついてくるって何考えてるんスか!?
 みんなこっち見てるッスよ!
 飽きないように頑張らなきゃって、それじゃあたしがやめられなくなっちゃうじゃないッスか!
 だめッス!
 そんなの、酷いッスよ!
 泣くに決まってるじゃないッスか! だって、あたしは普通の人間じゃないし、犯罪者だし、いつ釈放されるかだってわかんないッス!
 いつまでも待つ、なんて言われても、そんなの、信じられるわけ――
 だめッス……それだけはだめッス……なんでって、だって、みんな、見てるから……

 ・
 ・
 ・

「――みたいな事があったら良かったんスけどね……って、二人とも、どうしたんッスか?」
「お前なあ……妄想ネタかよ!」
「真面目に聞いて損したかも……」
「やー、だって、二人して真剣に聞き入ってくるし、サービスしなきゃだめッスかねー、とか思ったもんで」
「ま、このバカにそういう色気のある話を期待する方が間違ってるか……」
「外泊許可まで取ってどっかに消えたから、てっきりそういう話だと思ったんだけどな」
「ディエチはちょっと買いかぶりすぎてんだよ、こいつのこと」
「だいたい、昨日は日付変わる前に帰ってきたじゃないッスか」
「そういや、そうだったな」

「さて、話も終わったようだな。ウェンディ……ちょっといいか?」
「ありゃ、チンク姉。聞いてたんッスか?」
「一応な。で、セインからちょっと連絡があったんだが」
「セイン姉からッスか? あたし宛に?」
「ああ。『ああいう格好は出来れば人目のないところでやってくれ。見ている方が恥ずかしい』だと」
「え……?」
「昨日はシスターシャッハの付き添いで街に出てたらしいな」
「あ、えと、その――」
「『あと、シスターとしては、不純異性交遊は許せないなあ。しかもお姉ちゃんを差し置いて』だそうだが」
「なんで見てるンッスかああああああああ! だからだめって言ったのにぃぃぃっ!」
「あ、逃げやがった」
「人の顔色って、本当に青から赤に変わるんだねえ」
「こりゃ、しばらく遊べそうだな……にしても、チンク姉、容赦ねえな」
「あれは、多分怒ってるんじゃないかな」
「……やっぱ、幼女扱いされたからかな?」
「何か言ったか?」
「え? な、何も言ってないよチンク姉! あははははは」
「……あたし達は、なるべく怒らせないようにしよう」
「同感だ」

 なべて世はこともなし。
 ナカジマ家の夜も、平穏に更けていく。
 ただ一人、秘密を暴露されて凹むウェンディを除いては。

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