2008年5月16日 (金)

拍手レス080516

というわけで相変わらず少なめの拍手レス

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「始まりのエピローグ」・13

「いや――」

 しばしリインフォースの顔を見つめていたシグナムは、慌てたように話題を変えた。

「しかし、ここは、本当に良いところだな。主はやてがここに通えるようになって、良かった」
「まあね」

 アリサが自分のことのように胸を張る。

「この学校は設備も整ってるし、職員もやる気のある優秀な人材ばっかりだって父さんが褒めてたし」

 屋上にまで設置された花壇にはきちんと手が入れられ、今も秋桜や紫苑をはじめとした秋の花で一角が占められている。この屋上だけではなく、校庭や中庭にもかなりの規模の花壇が設置されていて、四季折々の花が植えられている。丹念に手を入れられた花々は、管理者の愛情さえ感じさせる。この一点だけをみても、恵まれた環境であることは察することが出来た。

「それも、もちろんだが」

 シグナムは口元を緩める。

「良き友が居る。それこそ、主はやてにとっては最良の環境だと、私は思う」
「あう」

 シグナムの言葉に、アリサは少し顔を赤らめた。

「わたし達にとっても、はやてちゃんはとてもいい友達ですから」

 微笑んで二人の会話を傍観していたすずかも、話に入り込んでくる。

「今も思う。主はやてがすずかに出会わなければ、我らもきっとここでこんな平和な時間は過ごせなかったかもしれないと」
「不思議だよね。偶然の出会いだったのに」
「縁があったって事でしょ。まあ、腐れ縁みたいな気もするけどね」

 そこで何かを思い出したのか、アリサは自分の頬に手を添えた。

「そもそも、あたしがなのはにほっぺ叩かれてからのつきあいなんだもんな。フェイトだって、なのはにコテンパンにやっつけられてから友達になったって聞いてるし」
「あ……あははは、まあ、そうだね」

 いきなり自分の名前を出されたフェイトは一瞬だけびっくりしたような表情を浮かべ、それから苦笑いする。頷いたのは、確かにものすごく端折ってしまえばアリサの言葉も間違ってはいないからだろう。

「叩かれた?」

 不思議そうな顔をしているシグナムに、アリサは自嘲とも苦笑とも付かない笑顔を浮かべた。

「ずっと昔にね」

 視線をフェンスの向こう――中庭の方にやりながら、言葉を続ける。

「あたしってね、昔はひどい子だったのよ。そんなあたしを初めて叩いたのが、なのはだった。まあ、その後ひどいケンカになりかけたんだけどね」
「そうか……」
「でも、なのはがあたしを叩いてくれたから、今のあたしが居るんだって、そう思う。それは今でも感謝してるわ」
「叩かれたことを、か?」

 意外そうな表情を、シグナムは浮かべていた。

「叩いてくれたからこそ、よ。あのときは友達でさえなかったのにね」
「そういう物か……わからんでも無いが」
「そーいうこと」

 笑って、アリサは話を打ち切る。
 会話にかまけている間に、かなりの量が用意されていたはずのおかずもかなり目減りしている。アリサもまだ食欲が十分にあるらしく、その箸を再び広げられた弁当へと向けた。

「そーいやさ、この学校、車いす用のエレベーターがあるんだな」

 一足先に満腹になったらしいヴィータが、階段の方へと好奇心をいっぱいにした視線を向ける。

「そうや。わたしが入学するんで、わざわざ付けてくれたんよ。家のより高性能なんよ。ちょう見に行ってみるか?」
 はやての提案に一も二もなくうなずき、ヴィータははやての車いすを押して駆けだしていく。
「んじゃちょっと行ってくるな!」
「おい、待て、ヴィータ……まったく」

 まるで聞く耳を持たずはやてを連れ去ってしまったヴィータに、シグナムはため息をつくしかない。

「しかし、良いのだろうか。設備を整えてくれるのはありがたい話だが」
「はやてちゃんが最後ってわけでもないだろうし、これからはそういうものも必要になるだろうってことで設置したみたいですけど」
「そう言うことなら、納得は出来るな」

 フェイトの説明にシグナムは微笑んだが、その笑みは不意に強ばっていた。

《何故――》

 リインフォースの、思念通話によって。

《主はやては、まだ車椅子に乗っている?》

 今更思い出した疑問というわけではないのだろう。

《私が消えたことで、主はやてのリンカーコアに食い込んでいた闇の書の影響も失せたはずだ。主はやての身体には本来障害がない。ならば、いくら衰えていたとしても立ち上がることくらいは出来て良いはず――なのに》

 シグナムの表情が、曇る。
 日曜に石田医師から告げられた一つの言葉。それはまだ誰にも相談さえしていないことだった。

《精神的な問題ではないか、と言われた》
《精神的……?》

 それ以上打ち明けていいのかどうか、シグナムは悩む。あくまでもそれは石田医師の個人的な見解でしかない。けれど、それを言えば間違いなくリインフォースは悩むだろう。

《それは――》

「なにこそこそ相談してるんよ、二人は」

 シグナムの思念通話は、そこで途切れる。
 いつの間にか、はやてが戻ってきていたらしい。微妙に不機嫌に見えるのは、彼女に内緒で思念通話を躱していたからだろうか。

「あ――いや、ええと、その」

 シグナムは言いよどむ。元々嘘を吐くことが極度に苦手な武人だ。会話の内容を素直に口には出来ないが、適当なことを言って誤魔化すなどという器用な真似もまた出来ない。

「――そういえば、私の代わりのデバイスを創っている、と聞きましたが」

 きつくなったはやての目元に、慌ててリインフォースは今思いついた話題を振る。

「それでは私はお払い箱ですね」
「何言ってるんよ!?」

 はやてが目を丸くする。

「リインのユニゾンデバイスとしての機能は無くなってへん。魔導書本体ってストレージは確かに無くなっとるけど、それでもリイン自身の機能はめっちゃ優秀や。わたしの魔法は管制が難しいからな。リインがおってくれたら、凄い助かるんよ」
「けど、じゃあ今制作中のデバイスはどうするんですか?」

 シャマルが眉を寄せる。
 はやて自身のリンカーコアを一部摘出してまで製作を開始した新しいユニゾンデバイスは、すでに人格が生成され始める直前の段階にまで移行している。

「うーん……」

 はやても難しい顔になった。
 一人の魔導師がふたつのデバイスを常時持つことはあまり多くない。ストレージデバイスならばともかく、インテリジェントなどの強力なデバイスとなれば、個人所有でも色々と面倒な手続きが必要になることも多い。まして、はやてが今製作しているのも、そしていまはやての目の前にいるリインフォースも、共にほとんど使用者のいない、しかも強力なユニゾンデバイスだ。二つを同時に所有する、などという申請はまず通るまい。

「凍結、するしかないやろか……とりあえず現状のままで」
「はやて……?」

 その言葉を聞いて、ヴィータの表情が曇る。

「なんでだよ。あんなに楽しみにしてたじゃん……」

 ユニゾンデバイスの誕生は、はやて一人が楽しみにしていたわけではない。
 まだ人の形さえなしていない、はやてから分かたれたリンカーコア。
 少しずつ、丁寧に、けれど確実に組み上げられていく、ヴィータにとっては妹にも等しい存在。彼女はその光景を見るために何度も本局へと足を運んでいた。はやてと一緒の時もある。只一人、マリーにだけ連絡を取って、こっそり見に行ったこともある。
 胎児にも似た育成過程のそれは、それでも確かな命の存在をヴィータに伝えてきていた。
 まだ顔も知らない、おそらくはリインフォースの名を継ぐことになるだろう彼女のことを、ヴィータは既に愛おしく思っている。
 もちろん、いまヴィータの目前にいるリインフォースが愛おしくないわけではない。けれど、だからといってその小さな生命の灯火を凍り付かせられるだろうか。少なくともヴィータは、はやてのようにあっさりと割り切れなかった。
 いや、ヴィータだけではない。

「本当に、それでいいんですか?」

 シャマルも。

「主はやて……それは、いくら何でも」

 シグナムも。
 表情は暗い。
 はやての言葉を、そのまま了解出来ない。
 当然のことだ。みな、新たな家族の誕生を心待ちにしていたのだから。

「だって、仕方ないんよ。もしこのままあの子が生まれても、リインがおったらわたしらが管理できへん。そしたら、どのみち管理局にどっちかが凍結させられてしまう……それは、耐えられん」

 はやての言葉に一理があるのは、確かだ。
 けれど、それでも皆は納得しなかった。出来なかった。

「もうちょっと、考えたほうがいいよ、はやてちゃん……」
「だって、これからずっとリインはわたしの所におるんよ? 考えても、どうにもならないんや」
「それは、そうだけど」

 なのはとフェイトもあまり賛成ではないらしい。その様子に、はやては少しだけむすっとする。

「わたしやって、軽い気持ちで凍結しよって言ってるわけじゃない。凄く悩んで、決めたことなんや」
「ごめん……」

 珍しく怒った顔を見せたはやてに、一同はそれ以上何も言えなくなる。
 確かに、彼女が悩まなかったはずはないのだから。

「主はやて……?」

 くるりと車椅子を巡らせたはやてに、シグナムは声を掛ける。

「ちょお、外す」

 その背中には、はっきりと拒絶の意志が浮かんでいた。
 誰も何も言えないでいるその合間に、はやては階段と補助エレベーターのある屋上の出入り口へと車椅子を進ませてしまう。

「怒っちゃったね……」
「はやてちゃんらしくない、よね」

 なのはとすずかが顔を見合わせた。

「はやて……」
「主……」
「どうしよう……」

 ヴォルケンリッター達も、ただ戸惑う事しかできない。あんな姿を見せるはやてを、誰も知らなかったから。

「私が、行こう」

 立ち上がったのは、リインフォースだった。

 

   §

 

 リインフォースがはやてを捜す必要はなかった。
 ドアを抜けた、その先。
 階段の脇にある狭いスペースに彼女の姿を見つけることが出来たからだ。

「主はやて」

 掛けられた声に、細い肩がぴくっと震えた。

「なんで、来たんよ」
「来るなとは、言われませんでしたから」
「そうやったっけな……」

 はやては振り向こうとしない。

「私は、今ここにいることを嬉しく思っています。主はやて」
「みんなそうや。みんな嬉しいって思ってる。そのはずなのになんでみんな余計なことばっかり言うんやろ」
「それは、きっと」

 リインフォースは微笑んだ。
 もしはやてがその顔を見ていれば、あるいは違った結果があったのかもしれない。
 けれど、はやては振り向けなかった。

「みんな、知っているからです」
「何を、や」

 はやての言葉に、リインフォースは答えなかった。その代わりに、もう一つの質問を口にする。

「怖いですか? 主はやて」
「何言ってるんよ? わたしは何も怖がってなんか無い」

 振り返ったはやての表情に、動揺はない。
 けれど、リインフォースは知っていた。この少女はひどく強がる傾向があるのだと。なのはやフェイトも似たような傾向があるが、はやてのそれは少し度を超えている。

「夢が覚めるのが、怖いですか?」
「夢……? 夢なんか、見てへんよ」

 はやては首を横に振る。

「いいえ。これは、きっと夢なんです」

 リインフォースは、はやての肩に手を添える。
 震える、はやての肩に。

「消えたはずの私が、ここにいる。そんな事はありえない……主はやても、知っているはずです」
「何度も言ったよ……それでもリインはここにおる。わたしはそれだけでええ」

 はやてはくるりと車椅子を旋回させた。

「リインは、嬉しくないん? 帰ってこられたことは、幸せじゃないん?」
「幸せでないわけなど、ありません」

 ふっと、リインフォースは微笑んだ。偽りではない。偽る必要などどこにもない。

「永き時間を共にした同胞とともに、主はやての元で静かに暮らす……闇の書の中で半ば覚醒していたときから、ずっと願っていたことです」
「なら、それでええって思えへん?」
「だからこそ、思うんです。こんな幸せな事は、あるはずがない。これはきっと、優しくて、悲しくて、とても残酷な夢。私もあなたも、夢を見ているんです」
「夢やない。ここに、リインがおる……それは本当のことや」

 つぶやき、はやてはそのまま俯く。

「もしこれが夢でも――リインがわたしの前におる。それだけで、ええ」
「主……」

 しばし、リインフォースは何かを言いよどむ。けれど、小さくかぶりを振って、リインは柔らかい笑みを浮かべてみせる。

「そうですね。確かに、私はここにいる……どうかしてました」

 そして、彼女ははやての車椅子の背後に立つ。

「みんなの所に戻りましょう、主はやて。シャマルのお弁当が、まだ残っています」
「そう、やね……って、しまった」

 手首にはめた腕時計をちらりと見て、はやては愕然とする。

「あかん、残り時間が少ない。早く戻ろう、リイン」
「はい」

 リインフォースは微笑んで、はやての車椅子を押し始める。
 ドアを抜け、再び陽光の下へ。

 

(似合わないな、私には)

 彼女ははやてに気取られないよう、心の中だけで小さく笑う。

(夜天の魔導書、そして闇の書。どちらにしても、日の当たる世界はわたしの居場所ではないか)

 かつて、他の主の元にあったときには望みさえしなかった世界。
 いや、そもそも望みのような物など何もなかった。
 ただ自らの機能に従い、無為な繰り返しを無限に続ける、惰性のような日々。
 もしかしたら始めの頃は抗ったのかもしれない。足掻いたのかもしれない。けれどいつしか飽いた。諦めた。かつての記憶さえ空白に明け渡した。
 望みという言葉など、一番最初に忘却の彼方へと投げ捨ててきた。

(けれど。主にはここにいてほしい)

 リインフォースは空を見上げる。雲一つ無い抜けるような蒼穹が広がる、海鳴市の空を。
 今は、望みがある。
 ただ一つの、望みが。

(そう……主はやてがあるべきなのは、明るい空の下。願わくば、この蒼天が主と共にありますように)

 心の中だけで、そっとリインフォースは願っていた。

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2008年5月12日 (月)

リリカルマジカル4 新刊「始まりのエピローグ」

リリカルマジカル4で無事新刊が発行出来そうです

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2008年5月10日 (土)

「始まりのエピローグ」・12(改稿版)

 主にアリサの口元から。
 無残にも。
 至高の玉子焼きだったそれは、小さな唾液まみれの黄色い破片となって、思いっきりはやての顔面へと降り注ぐ。
 白昼の惨劇。
 数秒の沈黙。

「あ、危なかった……」

 はやてのため息で、沈黙が破れる。
 ギリギリのところで車椅子をスピンさせて散弾の被害を回避したらしい。彼女の顔にも服にも、被弾の痕跡は見あたらなかった。
「けほっ、けほっ!」
 思い出したように、アリサが咳き込む。
 残った弁当はかろうじてぶちまけずに済んだが、その代わり気管に少し入ったようだ。もはやツッコミを入れる余裕すらなく、ただひたすらに噎せ続けている。
「わわ、大丈夫? アリサちゃん!」
「お、お水お水……」
 なのはとすずかによる必死の救助作業によって、アリサはようやく人心地付いたのだろう。しばらく荒い息で肩を揺らしていたが、いきなりものすごい勢いで立ち上がった。

「どっ、どうっ――! どー!」

 けれど、まともに言葉が出てこない。

「ドードー鳥の物まね?」
「違うわああああああああっ」

 ツッコミを入れたことで何とかいくらか平静が戻ってきたらしい。
 ぶはーっと大きく息を吐き、もう一度思いっきり息を吸い込む。

「どーいう意味よそれはっ! って聞こうとしてるのよっ!」
「どういう意味って、そりゃ、もう決まってると思うけど」
「はやて……それ、何で――」

 顔を真っ赤にしたまま、フェイトは完全に凍り付いている。

「……アンタも否定しなさいよ」
「――あ、いや、その、あの」
「遅いわよ、今更」

 アリサの肩から、力が抜けてしまっていた。
 彼女の反応はあまりにわかりやすすぎ、要するに、そういうことなのは間違いないわけであると何よりも雄弁に物語っている。

「にしても、あのエロ助、思ったより手が早かったのね。警察官の犯罪がここのところ多いって言うけど、どこの世も似たようなものってわけか」

 
 

「だから、僕はエロノでもエロ助でもないっ!」

 日中のハラオウン家で、クロノは近所に迷惑になる寸前ぎりぎりのボリュームで怒声をあげていた。
 だが。

「はいはい、エロ助くん。わかりましたから仕事のほう片付けといてくださいね」

 クロノの抗議は、ひらひらと振られた手であっさりと却下されてしまう。
 モニターを前にものすごい勢いでキーボードを叩いていくエイミィは当面その呼称を変える気など無いようだ。仮にも上官に対してとんでもない態度ではある。

「だから、その――」
「エロノー、お茶入れてお茶」

 こちらの呼び声は、キッチンのテーブルで書類の山とにらめっこしているリンディのものだ。

「かんちょおぉぉぉ……」

 ムンクの叫びみたいな顔になりながら、クロノは力尽きつつ振り返る。

「暇なんでしょ。お茶くらい入れなさい。私もエイミィも忙しいんだから」
「僕だって睡眠時間削ってるんですが」
「フェイトに手を出す時間はあるのに?」
「だから、それは!」

 クロノの顔が、青から赤に一瞬で変化する。ほとんど信号機のノリだ。

「クロノ……お兄ちゃんでもいいから、ずっと、わたしのそばにいて……」

 見事な声帯模写技術だった。
 クロノでさえ一瞬背後に本物のフェイトが居るのではないかと思わず振り返ったほどに。
 もちろん、そこには背中を向けてキーボードを叩き続けるエイミィしかいない。
 が、モニタにうっすらと写り込んだ彼女の口元はこれ以上ないくらい邪悪に歪んでいた。

「ななななななななななななななんなんなんななんんん」

 もはや、悲鳴だ。

「さて、エロノ執務官。なにか、言い訳があるのかしら?」
「――あり……ません」

 クロノにはもはや『力尽きかけながらぐったりとうなだれる』という選択肢しか残されていなかった。

「まあ、この件に関しては一応この場だけの話にしておくけど」
「フェイトちゃんと同意の上ですからねー。ま、一応ギリギリセーフってとこですか」
「でも、お赤飯まだ炊いてないのよねぇ」

 ため息をつくリンディに、エイミィはキーボードを叩き続けながらも器用に肩をすくめる。

「あー。それはレッドカードっぽいですねぇ。さすがに引くなあ」
「……もう、好きなように言ってくれ……」

 ソファーの上に力尽きながら、クロノはぶつぶつと投げやりに降参の意を示す。何とか抵抗の意志を絞り出しても、左右からの間断無い連続攻撃にあっさり打倒される。これで何度目だろうか。これでは進む仕事も進まないわけである。

「はい、サボってないで仕事しなさいエロノ」
「ぐ――」

 唸ったクロノは、それでも無駄な抗議はもうあきらめたのか、深いため息をつきながら、自分の仕事をするために端末を開いた。
 死人みたいな顔でのろのろとキーボードを叩き始めるクロノに、リンディは冷たい言葉を向ける。

「反省してるかしら?」

 けれど、クロノはうなだれず、ただ一言きっぱりと答える。

「しない」

 リンディの目が、すうっと細くなった。

「聞き捨てならないわね」
「確かに、早すぎたとは僕だって思ってる。けど、僕も、フェイトも、後悔はしないと決めた。選んでしまった道を悔いるようなまねはしない」
「そう、か」

 リンディはふっと頬を緩める。
 わずかに目を閉じたのは、今は亡き夫に息子の決意を伝えるためだろうか。
 再び息子を見つめる母親の目には、またからかうような色が浮かんでいる。

「でも、フェイトはまだ女の子として成長しきってないんだから、気をつけてあげるのよ。それに、そろそろちゃんと女の子になる年頃なんだから、気をつけないと。私だってまだ、おばあちゃんにはなりたくないんだから。こんなにお肌もつやつやなのに」

 頬をきゅっきゅっと撫でて自画自賛する母親に、クロノは思わずうんざりした声を上げてしまう。

「無理な若作りは、やめた方がいいですよ」

 もともとやたら若く見えるんだから、という言葉を欠いてしまったのは、身内ゆえのひいきに感じてしまったからかもしれない。
 だが、それは痛恨のミス。

「クロノ、ちょっとこっち来なさい」

 思わずエイミィまで振り返ってしまうほどの声音。
 後に、彼女はそこに鬼がいたと語ったという。

 
 

「ああああえええええとね、クロノから無理矢理されたってワケじゃなくって、その、いや、でもわたしが誘ったってワケじゃなくってその、つまり、一緒にお風呂に入ったあとそんな感じになっちゃったって言うか――」
「フェイトちゃん、そこまでにしておいた方がいいと思うの」

 なのはがフェイトの肩に手を置かなければ、フェイトは更に深い深い墓穴を掘っていたに違いない。

「……凄いなあ……大人の世界や」

 はやてが実に感服したように頷く。

「ちょお勉強になったわ」
「初夜だの何だの言い出したのは、アンタだったと思うんだけど」

 じっとりとした目で、アリサははやてをにらみつけた。

「おかげで、あたしの玉子焼きが……」

 黄色い破片が転々と散らばった床に視線を移し、恨めしげにぶつぶつと文句を言い続ける。食い物の恨みは恐ろしいものだ。

「そもそも納得行かないわ。なんであたしだけ被害受けるのよ……」

 玉子焼きの破片ははやてに直撃する軌道を描いていたはずだ。普通にしていたら車椅子でなくとも回避は難しかったはず。

「凄いやろ? ちょっとアニメを見てえらい格好良かったから、わたしの車椅子にも改造してみたんよ」

 はやての指さす先には、地面に食い込ませるくい状のパーツが追加されていた。そこを支点にして最小半径での旋回を実現したのだろう。
 ――冷静に考えれば意味のない部品だが。

「そう言う意味じゃない! ってかいったいどんなアニメ見たのよ!」

 アリサの言葉を無視し、しかめつらしい顔を作ったはやては、いつの間にか手にしていたコップを傾ける。

「はやての飲むアリサのコーヒーは、苦い」
「古すぎ! あんた何歳よ! ってかそれあたしのお茶だし!」
「あはは、アリサちゃんわかるんや」

 はやては嬉しそうに笑った。何しろ古典アニメの名台詞(ただし予告)である。そもそも女の子が見るようなアニメでさえない。

「ネットで再放送を見たんよ」
「まあ、いいわ。そう言うことにしといてあげる」
「ところで――」

 話を変えようとしたのだろうか。それとも最初から気になっていたのだろうか。なのはがくいっと首を捻った。

「はやてちゃん、なんでお弁当食べてないの?」

 なのはの言葉は、実にいまさらな指摘だった。
 ここに集まった五人の中でお弁当を開いていないのははやてだけ。いくら昼休みの時間がまだあるとはいえ、いつもなら自身でこしらえたか、シャマルが手がけたお弁当を、幸せそうな顔をしながら既に半分は平らげている時間帯だ。

「それなんよ……」

 とほほ、という顔になってはやてはがっくりと肩を落とす。

「おなかが空いてしもうて、もう気が立ってな」
「まさかそれであたしにちょっかい掛けてた、って言うんじゃないわよね」

 アリサがジト眼になって、自分の弁当を心持ち引いた。獲物を狙う猛禽のようなはやての視線が気になったのかもしれない。もちろん自分のお弁当を一切分けてやらないほどアリサもケチではないのだが、なにしろはやての視線は主に最後の一個となった玉子焼きに向けられていた。それだけは死守しなければならないのだろう。アリサ的に。

「まさか、お弁当忘れたとか? 分けてあげようか?」
「いや、気遣いは嬉しいんやけど、忘れたんとはちょっと違ってな」

 ぱたぱたとなのはに手を振って、はやては空に向かいぼやく。

「何してるんやろ。遅いな……」
「はやてー!」

 ぼやく声に重なり、元気な声が響いた。

「ごめんなさい、はやてちゃん。遅くなっちゃって」

「屋上へあがる階段が分からず少し迷ってしまいました」
 予想せぬ闖入者に、我関せずを貫こうとしていた他の子供達も一斉にそちらの方を向く。大小揃った四つの人影。それは、見間違いようもないはやての騎士――いや、家族達だった。

 

 §   §   §

 

「うん、上出来や。やっぱお弁当でもあったかいとひと味以上違うなあ。シャマルもほんま料理上手くなったし、最高や。今日はいつもよりサービスしておっぱいもんであげよ」

 またとんでもないことを言いながら、はやてはもう一つのミニハンバーグに手を伸ばす。
 一口でほおばり、ひと噛み、ふた噛み。
 実に幸せそうな笑顔を浮かべ、更にもう一つのハンバーグに箸を伸ばす。

「サービスしなくていいですから」

 お茶を差し出しながら、シャマルは苦笑するしかなかった。
 彼女の指先では、ペンダルフォルムになったクラールヴィントが柔らかな光を放っている。特に強力な魔法を放っているわけではなく、単純に周囲の注意を逸らす弱い結界を張っているだけだ。結界の中であれば、どんな話をしても周囲にはたわいもない歓談をしているようにしか聞こえない。

「まさか、魔法で先生達の許可を取り付けたとか?」

 アリサは落ち着いて弁当を平らげられるという現状にほっとしながらも、ふとそんな疑問を口にした。

「いや、直接お願いしたら快く許可を頂けた。先生方とは何度かお会いしているからな」
「無理強いするくらいなら、最初っからこんなこと考えねー。見損なうんじゃねーよ」
「そうね。それに人間の意識をそこまで操作する魔法は、私も使えないし」

 ヴィータとシャマルもはっきり否定する。

「そもそも、使える魔導師もほとんどいないみたいだよ。そういう魔法は犯罪に使われやすいだろうし、規制されてるんじゃないかな」
「ふーん、そうなんだ。ごめんね」

 アリサは自分の非をあっさり認め、それから何気なく箸を止めた。
 はやてと騎士達の前に並べられた重箱は実に六つ。まだ暖かいおかずも相当量あるようで、お弁当というにはいささか豪華すぎるメニューが並んでいる。もちろんはやて一人が食べるわけではなく、勢揃いした八神家の一同全員のための分だ。が、それでもいささか多いように見えなくもない。

「よかったら皆さんにもと思って、多めに持ってきたんです」

 アリサの疑問に、シャマルはにっこり笑って答えた。

「仕込みはわたしも手伝っとるし、けっこう良い出来やと思うよ」
「んじゃ、少し……」

 はやての勧めに従ってアリサは箸を伸ばし、唐揚げを一つ失敬する。
 しっかりと味のしみた鶏肉は、まだ充分以上に暖かい。肉汁がたっぷり含まれた中身を、まだサクサクの表層がしっかり包み込んでいる。これは作ってから時間が経っている普通のお弁当ではまず出せない味わいだ。

「美味しい」

 アリサのつぶやきは、シンプルなだけに素直な感想だった。

「良かった。はやてちゃんから直伝の味付けだけど、ちょっと火の通し方に工夫をしてみたの」
「お、創意工夫は良いことや。あとでわたしもシャマル先生の工夫をレクチャーしてもらわんとな」
「もう、はやてちゃんったら」

 からかうはやての言葉に、シャマルははにかむ。

「けどさ、外で食うメシってのもいいもんだな」
「そうだな……かつて戦場で駆け回っていたときも、屋外で食事になることは多かったものだが」

 頷きかけたリインフォースが、苦笑いした。

「ありゃメシじゃねえだろ。エサみてーなもんだ」

 渋い顔をするヴィータに、リインフォースも否定の言葉を口にすることが出来ない。

「そうだな。こうやってゆっくり食事の時間を楽しむ事が出来る。幸せな事だ」
「一度はいなくなったはずのリインも、ここにおる。これ以上の幸せなんてあらへんよ」
 はやては微笑むと、ほこほこの里芋をつるんと口に含む。

「ん、美味しい」
「それ、リインフォースにも手伝ってもらったんです」
「お、そしたらこっちのちょっといびつなんはひょっとして」
「お恥ずかしい……」

 リインフォースの顔が少し赤くなる。
 料理など、本当に初めてだったのだろう。そう言う意味でシャマルと条件は変わらない。単にはやての元に二年いたかいなかったか、それだけの差でしかないのだろう。

「ま、こういうのも、悪くはないわね」

 もう一つ、今度はサラダに箸を延ばしながらアリサは笑った。そして、もう一人ここにいない人物について言及する。

「ザフィーラも来れば良かったのに」
「あいつは厳ついからな。こんなところに来たら騒ぎになっちまう」
「あはは、既に大騒ぎっぽいけど」

 なのはが苦笑いする。実際、四人がこの屋上に現れたときは思い切り注目が集まっていた。今静かに食事が出来ているのは、シャマルの魔法があるからこそ。

「ま、この手の人払いってのは、移動してるときは効きにくいからな。あたし達だけならともかく、ザフィーラみたいなのがいたら、やっぱ目立ちすぎるだろ」

 ヴィータが肩を竦める。

「まあ、犬の格好してても、人の格好してても、ひどい騒ぎになりそうではあるわね」
「それに、あいつはあいつで留守番のほうが性に合ってるってさ」
「そっか。じゃあ、後で何か差し入れてあげた方がいいかもね」

 瑞々しさを失っていない、しゃきしゃきとした歯ごたえを保っているサラダを堪能しながら、アリサは頷いた。

 それから、ちょっとだけ苦笑いする。
「参観を兼ねて出来たてお弁当のデリバリーね……なんかどっかで聞いたような話だけど」
「あはは、多分それ、うちのお話」

 なのはが微笑みを浮かべる。照れているような、それでいて懐かしんでいるような、柔らかい微笑み。

「フィアッセおねーちゃんがね、いちどおにーちゃんとおねーちゃんの学校を見に行きたいって、翠屋のデリバリーサービスとかいきなりやらかしたことがあって」
「そうそう、思い出した。それよ。けっこうあちこちで有名になっちゃってるんだから。あのフィアッセ・クリステラがって。」

 アリサはため息を吐く。
 その名は世界的な歌姫である超有名人の物。もちろんそれが単なる偶然などではないことくらい、アリサもよく知っている。
 ぽん、とすずかが手を合わせた。

「そうだ、思い出した。お姉ちゃんもご相伴にあずかったって言ってたっけ」
「忍さんもかあ。そりゃ、クラスメイトだったっていうもんねえ……」

 一度、ため息を吐く。まるっきり呆れたと言わんばかりの風情だが、語尾にはほんの僅か憧れのような物が混ざっていた。

「まあ、今日のはシャマルの作ったもんだから、あんな上等なもんじゃねーけどな」
「そりゃ、桃子さんにはどう頑張っても追いつけないけど」

 わずかに傷ついたような顔を見せるシャマル。

「だが、我らの中で料理が出来るのはお前くらいだからな。誇って良いと思うが」
「シグナムとかヴィータと比べられても、それはそれで困るんだけど」
「ぷっ」

 思わずはやてが噴き出し、シグナムとヴィータは何とも言いようのない表情で顔を見合わせた。

「なになに? なんなの?」
「いや、それがな――ぷぷぷぷっ、この前な、シャマルがちょっと熱を出して寝込んだことがあったんやけど」
「はやて!? それは秘密って言ったじゃん!」
「主はやて、それ以上は!」

 今にも爆笑しそうなはやての様子に、やり玉に挙がった二人は慌ててはやての口を塞ごうとする。

「味見させられたザフィーラがな、それからしばらくなんにも食べてくれんようになってしもて、ずいぶん苦労したんよね」

 例のターンピックでくるっと回転してシグナムとヴィータを躱したはやては、さらっと二人の秘密を暴露した。

「何を食べても口の中がざらざらして灰の味がするって言ってましたから……相当な物だったんだと思いますが」

 シャマルがはやての言葉を補完する。肝心のザフィーラは遠慮してこの場に居合わせていないのだが、もしこの場にいたならどんな顔をしていただろうか。

「いったい何を作ったんだろ……」

 想像してしまったのか、フェイトはふと背筋を震わせた。

「なんなら一度作ってやろうか? テスタロッサ」
「……遠慮しておきます」
「なに、遠慮は要らん」
「遠回しの毒殺宣言ですね、それは」
「言ってくれるな。テスタロッサ」

 今にも抜いて果たし合いを始めてしまいそうな二人に苦笑しながら、アリサはもう一人、会話に加わっていない女性に視線を向ける。

「楽しそう――ですね」

 こくこくと。
 腹を抱え込んで肩を震わせている朱い瞳の女性は、頷くことでようやくその意志を示すことに成功した。目尻に涙が浮かんでいるのは何も泣いていたわけではない。むしろ、その逆だ。

「お前がそんなに笑うキャラクターだったとは、知らなかったが」

 むすっと、シグナムが呟いた。

「ゆ、許せ――」

 ようやく、リインフォースはその言葉だけを口から絞り出す。
 まだ油断すれば噴き出してしまいそうになるのだろうか。

「お前たちのこんな姿を見るのは、初めてだからな」
「まあ、リインも少しすれば慣れるやろ」

 はやては肩を竦め、弁当を平らげる作業に戻る。

「しばらく……か」

 ようやく笑いの発作を鎮めたリインが、俯きながらぽつりとそんな言葉を漏らす。
 弁当に箸を延ばそうとしていたシグナムが、ふとその動きを止めた。

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2008年5月 4日 (日)

「始まりのエピローグ」・11

「クロノ、からだ」

 フェイトは目を丸くして、メールの差出人の名前を呟いた。

「フェイトちゃんのお兄さんから?」
「珍しいわね」

 すずかやアリサまで揃って首を捻る。
 無理もない。
 クロノはフェイトに対してメールをしてくることが滅多にない。
 少なくとも、彼女が学校にいる間は皆無と言っていい。
 魔法で連絡を取れるからという理由もあるのだろうが、単に彼女が学校にいる間は不干渉を旨としている。そんな雰囲気があった。

「珍しいわね……何か急な用事? もしかしてお仕事? 必要ならノート取っておくけど」
「えと……大丈夫。そんなに急な話じゃないみたい」

 クスッと笑って、フェイトは携帯電話をくるりと回した。

「『旅行の予定』……?」

 メールのタイトルだけを声に出して読み取り、アリサはわざとらしく口の端をゆがめる。何かから買うときの表情だとフェイトが気付いたときには、もう遅い。

「なに? 新婚旅行にでも行くの? フェイトとクロノで」
「ち――」

 フェイトの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。

「ちがうん、だけど」
「アリサちゃん、フェイトちゃんをいじめたらかわいそうだよ」

 すずかがとりなし、改めてフェイトが差し出した携帯に表示された文字に目をやる。

「えーと、こっちは参加メンバーが決まったから、そっちも他に希望者が居たら誘っておいてくれ?」
「行き先は――月守台、か」

 その名を聞いて、なのはとはやての表情が少し苦いものになる。

「月守台っていえば温泉どころだけど、確かそこって一ヶ月くらい前……」
 すずかが、ふと考えるような顔をする。
「うん。一ヶ月前、大失敗しちゃったところ」

 なのはが困った顔を隠さずに、笑う。

「ああ、このあたりまで吹き飛ばしちゃう大惨事になりかけだったって奴ね。ま、本物の大惨事になったわけでもないし、あんたたちが揃って二、三日ひっくり返ってたってのだけが、あたしたちにとっての事実だけど」
「えらい目にあったんよ、本当に」

 はやてのため息は、聞いているだけで陰鬱になってしまいそうなほどに深かった。

「管理局から来た担当官は頼りにならん人やったし」
「あれ? クロノ君じゃなかったんだ?」

 すずかが疑問を挟んだ。

「あのときは、クロノがいなかったんだ。クロノだけじゃなくて、お母さんも、アースラのみんなが居なかったから」

 最悪のタイミングだった、とフェイトは呟く。
 幼い身でありながらも、彼女たちは十分以上に的確な判断を見せる事が多い。けれど、やはり深刻な状況に対応するには経験が不足している。

「メンテナンスとか、いろいろあって本局のドックに戻ってたんだ。それで、担当官の人とは入れ違いみたいな形になって」

 三人は、結局その男の依頼に応じて任務に乗り出した。リンディやクロノの不在に不安がなかったわけではないが、管理局から正式に通達された任務でもあったし、なによりも。
「この辺が吹き飛びかねない、なんて言われちゃったら、行くしかなかったんだよね」
 なのはの言葉は、三人の総意だった。
 正式な命令が無くても、彼女たちは立ち上がっただろう。

「相変わらずバイオレンスな世界に生きてんのね、あんた達。あんた達らしいといえば、あんた達らしいけどさ」
「わたし達が今こうやって普通に過ごしていられるのも、なのはちゃん達が居たからなんだね」

 アリサとすずかは魔導師ではない。けれど、魔法絡みの事件に巻き込まれたことが無いわけではないだけに、それらが大げさな話ではないと実感出来るのだろう。

「結局失敗しちゃったけどね……なんとか、被害は出なかったけど」
「担当官の人が頼りなかったから?」
「うーん、それとこれとは話がちょっと別やと思うけど」

 はやては苦笑いする。

「まあ、でも変な人で、調子はちょう狂ったかも」
「あはは」

 なのはも困ったような表情を浮かべながら、曖昧に笑った。

「なんか、魔導師って言うより科学者みたいな感じだったね。研究室に籠もりっきりの」
「どっちかいうと、オタクかマッドサイエンティストって感じやったな」

 なのはの人物評に、はやてがやや辛辣な評価を付け加える。
「こんなごっついメガネかけとったし」
 親指と人差し指で円を描き、はやてはそれを自分の目の前にかざして見せる。彼女の表現を信じるならば、顔の上半分がメガネに隠れてしまうような大きさだ。

「白衣着とったけど、あれはたぶんかなり長いこと洗濯してへん感じやったよ。ユーノ君が成長したらあんな感じになったりするかもしれんなあ」
「それは、ちょっと引くかも」

 アリサはふとその姿を想像してみて、思い切り引いた。
 実際、ユーノは現在無限書庫に籠もりきりで、なのはとさえ碌にあっていないという。その状況を思えば、想像は難しくなかった。

「で、そんなところに行ってどうするの?」

「たぶん」

 フェイトがもう一度携帯に表示された素っ気ない文章に視線を落としながら、小さく微笑む。

「そこに行けば、リインフォースさんの復活の手がかりがわかるかもしれない、ってクロノは判断したんだと思う」

 厳しいことを口にしながらも、最大限の尽力を惜しまない。そんな兄の気遣いを、フェイトはよく知っていた。はやてから最初の連絡があってすぐ、クロノが予定を立て始めていたと言うことも。

「何で復活したのかがわかれば、リインフォースさんの立場を定めることが出来る。それからなら、いくらでも手の回しようはあるって、クロノは言ってたけど」
 結局その思惑は、リンディの脅迫によってよりフレキシブルな方向に振られてしまったわけなのだが。
「とにかく、調べて悪いことはないはずだから」
「なるほどね。最近起きた大きな事件って、それくらいだしねえ」
「心当たりは、それくらいしかないワケやから、当然ゆーたら当然やね」

「あは、ユーノ君も来るんだ」

 なのはのトレードマークとも言っていい、頭の両サイドでまとめられた髪の毛が、ぴょこんと跳ねる。

「調査にはうってつけの人材、ってことだね」

 フェイトも頷く。彼も今は重要な仕事を任される身だ。容易に呼び出せはしなかったに違いない。

「それじゃ、旅行じゃなくて仕事じゃない」
 アリサの指摘は、確かに間違っていない。けれど。
「えと、一応、旅行って名目にするしかないんだ。管理局として行くわけじゃないから」
「ああ、リインフォースさんのことは上には内緒にしてるんだっけ? 大変よね、あんたたちも」

 フェイトの説明に、アリサは思い切り呆れた口調でやれやれと頭を振る。
 実際、まだ中学生にもならない少女たちがそこまであざとい判断をしなければならないのだ。大変でないわけはないだろう。

「わたしは家族のためやから、全然大変やなんて思ってへん、けど」
「わたし達にとっても、お友達だよ。リインフォースさんは。なにより、わたし達をはやてちゃんって言う友達に出会わせてくれた」
「戦いはしたけど、それは彼女のせいじゃない。それに、リインフォースのおかげで私はアリシアに会えた。それが夢の中のことでも、確かにそれはあったことなんだ。だから、わたしはリインフォースに感謝してる。できることがあるなら、手伝いたい」
「なのはちゃん……フェイトちゃん……」

 感極まった様子のはやてに、二人は力強くうなずく。

「まあ、あたしたちだって友達の家族のことだもの。手伝えることがあるなら、何でもするけど」
「うん。そうだね」
「アリサちゃんもすずかちゃんも……ほんま、みんなにありがとうや」

 はやては目元を軽くぬぐうような仕草をして見せた。

「えと、そういうわけで、もし希望者がいたら誘っていいって」
「月守台か……みんなで温泉入りに行くってんなら、悪くはないわね。温泉宿に一泊、経費は管理局持ちで今度の週末? バーベキューの予定もあり? 塾もないし、本当に遠慮しなくていいんならご一緒したいけど」
「えーと、わたしも、行っていいかな。なんだか調査の役に立たない部外者がお世話になっちゃうのって、気が引けるけど」

 アリサとすずかの返事に、なのはは満面の笑みを浮かべる。

「大歓迎! だよね? アリサちゃんにもすずかちゃんにも休んでるときのノートとか、いつもわたしたちのフォローでいろいろお世話になってるし、立派な関係者だよ」
「そうやね。みんなおる方が楽しいしな」
「うん、クロノのメールにも、みんな遠慮せずに参加してほしいって書いてある。大丈夫」

 幼い魔法使い達の歓喜の声に、アリサは苦笑いとも微笑みとも付かない表情を浮かべた。

「なら、遠慮しないわよ」
「そうだね。なのはちゃんたちと旅行に行くのも久しぶりだし」

 すずかも素直に喜びの意を示す。
 実際、休みになれば魔導師としての勉強と訓練に明け暮れているなのは達は、ここのところ滅多に旅行に出かけることもなかった。

「でもさ」

 アリサは突然、にやっと笑う。

「――いつかは行くんでしょ、新婚旅行」

 同じネタでまだ攻める気らしい。

「え、そ、それは」

 フェイトの顔が、また真っ赤に染まった。
 うつむき「えと……」とか「その……」とかもごもご口の中で言っているその光景に、アリサは微笑む形で眼を細める。

「まんざらでも無さそうね……あたしはあんたの事てっきりなのは一筋だと思ってたんだけどね」

 肩を竦めながら、アリサはフェイトと初めて出会った頃のことを思い出す。
 友達にしてはいささかベタベタすぎた二人の初々しい交流を、なかば羨みながら微笑ましく見守っていた日々。あれからもう二年が経とうとしている。今でもフェイトはなのはとやたら仲が良いが、さすがに危惧したような倒錯した人間関係には発展しなかったわけで、アリサとしては少しほっとする部分もあったわけだが。

「あはは。今更新婚旅行もないやろ。めっちゃラブラブやしなー」

 はやてもアリサの尻馬に乗った形でフェイトをからかいに走る。どうやら矛先はアリサからフェイトに向いたらしい。
 安心したアリサは中断していた弁当に箸を延ばした。いつまでもこうやっていては食事が終わらない。
 アリサの箸に迷いはなかった。今度の狙いは大好物の玉子焼きだ。お弁当のおかず交換でも滅多にリリースしない、とっておきの一品。口の中に含めば僅かに残った半熟の卵液がじゅわっと口腔の中にひろがる。やや甘めの出汁と一体になったその味わいに、アリサは目を閉じて一瞬陶酔――

 

「――だってもう初夜も済ませちゃってるもんな」

 

 ぶーっ! というものすごい声というか音というか、そういうたぐいの効果音が発生した。

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2008年5月 1日 (木)

ボツ表紙ラフ

080501_3

表紙にしようと思ってた構図だけどどうにもパンチが足りないような気がするのでボツに。

挿絵に使いたいのだけどそう言うシーンも今のところ無いというジレンマ……

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2008年4月29日 (火)

「始まりのエピローグ」・10

「とまあ、こんな感じやったな……どうしたん?」

 微妙な沈黙に、はやてはいささか不満そうな顔を見せる。
 なのは、フェイト、アリサ、そしてすずかといういつものメンバーは、どうコメントすればいいのかも分からないといった様子で黙り込んでいた。

「こんな楽しい話やのに」

 はやては不満げな顔をして見せたが、四人は相変わらずノーコメントだ。心なしか、彼女たちの上体が数センチほどはやてから離れているようにさえ見える。

「なんか、引かれとる?」

 何かを言おうとしたのだろうか、一同を代表してアリサがなにやら口をぱくぱくさせるが、その口からは何の音も漏れてこない。頭を振った彼女は乱暴に牛乳の紙パックを手に取った。

「あ……あんたね」

 見事な一気飲みを披露したアリサは乱暴に口元をぬぐうと勢いよく立ち上がる。スタンスを広く取った両の脚。ピンと伸ばされた背筋。何よりも吊り上がったその柳眉。まさに仁王立ちと表現するに相応しい屹立だった。

「食事時にする話? それ」
 すさまじい怒声に、 周囲の視線が一瞬だけ集中する。

 そう。一瞬だけ。
 声の主が誰かと言うことに気付くと、誰も彼もがまたか、と言うような顔をして興味を失い、自分たちの会話の中や、その手にしたお弁当を味わうという重要な目的に戻っていく。

 昼休みの屋上は、いつものように多くの常連で賑わっている。
 が、その誰もが大騒ぎしているアリサたちにまったく興味を示さない。
 食事、友人達との歓談、そして様々な遊び。やりたいことはいくらでもあるのに、昼休みの時間は限られている。ぶっちゃけ不足している。
 よって定期的に大騒ぎするはやてとアリサにかかずらっているヒマなど誰にも有りはしないのだ。
 ぜーっぜーっと荒い息で肩をいからせるありさに、はやては軽く肩を竦めて見せた。

「ちょお今思い出したところやったからな」
「大体どうしておっぱいにやたら拘るのよ、あんたは」
「だって、気持ちええんよ? やわらかくて、タプタプして、最高なんよ。だからわたしもたっぷりサービスしてあげようって気持ちになるんやね」

 わきわきとやたらリアルな手つきで、はやては「それ」を再現してみせる。

「サービスするもんじゃないでしょ、それ」
「わたしのはサービスなんよ」

 指摘にもまったく動じないはやてに、ふう、とアリサはため息を吐いた。

「あたし、あんたにだけは気を許さないよう、気をつけとくわ」
 睨み付けるようにしながら再び椅子に腰を下ろすと、再び弁当の中身に手を付け始める。

 傍らで自分の弁当をマイペースに片付けていたすずかは、ふと何かを思い出したかのようににっこりと微笑んだ。

「でも、アリサちゃんも揉んでもらったら胸は大きくなるかもしれないよ」
「なななななんでそんな話になるのよ!」
「だって、アリサちゃん、この間の健康診断で私の方が胸が大きくなってきてるって、悔しがってたから」

 小学生とはいえもう高学年の世代に踏み入った彼女たちの身体は、既に女の子らしいそれへと少しずつ変化の兆しを見せている。なかでも、この五人の中ではすずかの成長がもっとも著しく、負けず嫌いなアリサにはそれが少し悔しいらしい。けれど、こればかりは学問やスポーツなどと違って努力で何とかなる物ではない。だから身体測定の直後などは折に入って不公平だなどと文句を言っていたものだ。

「好きな男ならともかく女に揉んでもらっても嬉しくない――って何言わせんのよ!」

 思わず胸元を抑えるアリサの顔は、少し紅潮していた。

「アリサちゃん……そういう人、いるの?」
「いいいいるわけないでしょ!」
「なら、いいんじゃないかな」
「いいワケ無いでしょ! ったく、もう」

 さすがにからかわれていると気付いたのか、アリサはぱたぱたと手を振って話を打ち切る。

「……ふむ、アリサちゃんとすずかちゃんはそろそろ揉み応えが出てきそうやね」
「そこ! 見定めてんじゃない!」

 反射的に怒ったアリサは、すぐにしまったという表情になる。
 思わず突っ込んでしまったその行為が、はやての思うつぼだったと言うことに遅まきながら気付いてしまったからだ。

「ふふふ、わたしの勝ちやね」
「もう勝手にして……」

 ぐったりとうなだれて、アリサは呻いた。

「大変そうだね、シグナムさんたち……」
「はやて、容赦無さそうだもんね」

 なのはとフェイトの言葉には、深い同情の意が混ざっていた。完全に人ごとという態度ではあったが。

「あんたら、ねえ」

 ぎりぎりと首を捻って、アリサは死人みたいな目つきで二人を見上げる。

「他人事だと思ってたら、いつか手痛いしっぺ返し喰らうわよ」

「あははは」
 さすがになのはも苦笑いするしかなかった。

「心しておくよ」
 フェイトは真剣な顔で頷く。
 まだ彼女自身の胸はあまり大きくなっていないが、なにしろフェイトの母親はあのプレシアだ。実年齢を聞いてもまったく信じられないほどのスタイルを維持していた、魔女の。
 あの年齢でああだったのだ。若かった頃はもっと凄いスタイルだったに違いない。そしてその血を引くフェイト自身も立派なスタイルの持ち主になる可能性が充分以上にあった。

「でもねえ……本当に大丈夫なの?」

 何とか立ち直ったアリサが、ふと呟く

「大丈夫て、なにがや?」

「あんたの所の、リインフォースさん」
 アリサはふっと口元をひん曲げた。二年前のクリスマスに巻き込まれた事件のことでも思い出したのだろうか。

「正直、あたしはあまり信用出来ないって思ってるんだけどさ」

 はやてを前にしても、まったく遠慮しない。

「でも、なのはとフェイトが信じられるって言うから、あたしはこれ以上言わない。巻き込まれてひどい目に遭わされた分、あたしの方もフィルターが入ってると思うし」
「ほんま、ごめんや。あのとき、リインとわたしは一緒やったし、あれの責任はわたしにあるんよね。みんなに迷惑掛けて――」
「二年前のことだし、あんたはもう何度も謝ってるじゃない。今更いいわよ」

 はやての謝罪を遮ったアリサは、腰に手を当ててため息を吐く。
 もしかすると今更昔の話を持ち出してしまった自分自身に呆れているのかもしれない。

「そんなことより」

 はやてに向き直った彼女の瞳には、真剣な光があった。

「ありえないことが起きてる。そっちの方が信じられないのよ、あたしには」
「けど、現実にリインは帰ってきたんやし」
「その現実に、どこか問題があるのよ。分かってるんでしょ、あんたも」
「それは……」

 はやての表情が、少し曇る。

「死んだ人は帰ってこない。残酷かもしれないけど、この世界の真理よ。なのは達魔法使いにだって出来ないんでしょ、それどころか凄い力があったっていうフェイトの本当のお母さんだって、どうにもならなかったって言うじゃない」
「そう、だね」

 フェイトがアリサの言葉に頷く。
 プレシアが求めたアリシアの復活は、フェイトというまったく別個の人格を持った少女を生み出すだけに終わった。もとより、不可能な話なのだとクロノは後に語った事がある。人として何かを大きく間違えない限り、同じ人格と同じ記憶を持った存在など作れるはずがない。
 つまり、死んだ人間は二度と戻らない。
 それがプレシアの残した記録のいくらかを解析して得た結論だった。

「だってのに、一度死んだその人が帰ってくるなんておかしいじゃない」
「それは、リインは人や無いから……」
「それよ」

 アリサの言葉には、微妙な棘があった。

「あんた、前に言ったじゃない。あの子達はあり方がちょっと違うだけで、化け物でも道具でもない。立派な人間そのものだ、って」

 はやての言葉は、続かない。
 そう。
 アリサの言葉は辛辣だったが、正しかった。
 はやての勝手な事情で人であることにしたり、またそうでないことにしたりする。それは、あまりに誠実さに欠ける言動ではないか。そう、彼女は指摘しているのだから。

「その通り、やけど」

「リインフォースさんが戻ってきたのは事実。それは認めるわ。けど、やっぱりどこかおかしいのよ。都合が良すぎるの」
 アリサはため息を吐いて見せた。
「なんでありえないことが起きてるのか、それはちゃんと考えとかないとダメよ。現実ってのは夢の中みたいに都合の良い世界じゃないんだから」

「うん……わかっとる」
「なら、よし」

 少ししょんぼりしたはやてに、アリサは屈託のない笑顔を向ける。

「あたしは魔法の事なんて分からないから生意気なこと言ってるかもしれないけど、でも少しは地面に足を付けて考えた方が良いって思うのよね」
「わたしらは空飛ぶもんな。どうしても地面に足が付かへんのや」
「そこ、上手いこと言わない」
 笑いながら、アリサは軽くはやての頭をはたいてみせる。

「あれ?」

 ふと、何の前触れもなくフェイトが顔を上げた。
 それから慌てたように胸ポケットの中の携帯電話を取り出す。背面の液晶にはメール着信を知らせるアイコンが表示されていた。

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2008年4月24日 (木)

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カレンダーに刻まれた〆切を見る度にせつなくなってきますorz

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2008年4月22日 (火)

「始まりのエピローグ」・9

本話には主におっぱいという文字が乱舞しております。
ちょっとおっぱいが過ぎるので更新を迷ったのですが、とりあえず暫定としてこのような形に致しました。

それでも構わないという方は「続きを読む」を押して本話をお楽しみください。

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2008年4月18日 (金)

拍手レス080418

仕事がきつくて普通に力尽きそうな今、皆様のコメントだけが俺を動かす燃料です。

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