「始まりのエピローグ」・10
「とまあ、こんな感じやったな……どうしたん?」
微妙な沈黙に、はやてはいささか不満そうな顔を見せる。
なのは、フェイト、アリサ、そしてすずかといういつものメンバーは、どうコメントすればいいのかも分からないといった様子で黙り込んでいた。
「こんな楽しい話やのに」
はやては不満げな顔をして見せたが、四人は相変わらずノーコメントだ。心なしか、彼女たちの上体が数センチほどはやてから離れているようにさえ見える。
「なんか、引かれとる?」
何かを言おうとしたのだろうか、一同を代表してアリサがなにやら口をぱくぱくさせるが、その口からは何の音も漏れてこない。頭を振った彼女は乱暴に牛乳の紙パックを手に取った。
「あ……あんたね」
見事な一気飲みを披露したアリサは乱暴に口元をぬぐうと勢いよく立ち上がる。スタンスを広く取った両の脚。ピンと伸ばされた背筋。何よりも吊り上がったその柳眉。まさに仁王立ちと表現するに相応しい屹立だった。
「食事時にする話? それ」
すさまじい怒声に、 周囲の視線が一瞬だけ集中する。
そう。一瞬だけ。
声の主が誰かと言うことに気付くと、誰も彼もがまたか、と言うような顔をして興味を失い、自分たちの会話の中や、その手にしたお弁当を味わうという重要な目的に戻っていく。
昼休みの屋上は、いつものように多くの常連で賑わっている。
が、その誰もが大騒ぎしているアリサたちにまったく興味を示さない。
食事、友人達との歓談、そして様々な遊び。やりたいことはいくらでもあるのに、昼休みの時間は限られている。ぶっちゃけ不足している。
よって定期的に大騒ぎするはやてとアリサにかかずらっているヒマなど誰にも有りはしないのだ。
ぜーっぜーっと荒い息で肩をいからせるありさに、はやては軽く肩を竦めて見せた。
「ちょお今思い出したところやったからな」
「大体どうしておっぱいにやたら拘るのよ、あんたは」
「だって、気持ちええんよ? やわらかくて、タプタプして、最高なんよ。だからわたしもたっぷりサービスしてあげようって気持ちになるんやね」
わきわきとやたらリアルな手つきで、はやては「それ」を再現してみせる。
「サービスするもんじゃないでしょ、それ」
「わたしのはサービスなんよ」
指摘にもまったく動じないはやてに、ふう、とアリサはため息を吐いた。
「あたし、あんたにだけは気を許さないよう、気をつけとくわ」
睨み付けるようにしながら再び椅子に腰を下ろすと、再び弁当の中身に手を付け始める。
傍らで自分の弁当をマイペースに片付けていたすずかは、ふと何かを思い出したかのようににっこりと微笑んだ。
「でも、アリサちゃんも揉んでもらったら胸は大きくなるかもしれないよ」
「なななななんでそんな話になるのよ!」
「だって、アリサちゃん、この間の健康診断で私の方が胸が大きくなってきてるって、悔しがってたから」
小学生とはいえもう高学年の世代に踏み入った彼女たちの身体は、既に女の子らしいそれへと少しずつ変化の兆しを見せている。なかでも、この五人の中ではすずかの成長がもっとも著しく、負けず嫌いなアリサにはそれが少し悔しいらしい。けれど、こればかりは学問やスポーツなどと違って努力で何とかなる物ではない。だから身体測定の直後などは折に入って不公平だなどと文句を言っていたものだ。
「好きな男ならともかく女に揉んでもらっても嬉しくない――って何言わせんのよ!」
思わず胸元を抑えるアリサの顔は、少し紅潮していた。
「アリサちゃん……そういう人、いるの?」
「いいいいるわけないでしょ!」
「なら、いいんじゃないかな」
「いいワケ無いでしょ! ったく、もう」
さすがにからかわれていると気付いたのか、アリサはぱたぱたと手を振って話を打ち切る。
「……ふむ、アリサちゃんとすずかちゃんはそろそろ揉み応えが出てきそうやね」
「そこ! 見定めてんじゃない!」
反射的に怒ったアリサは、すぐにしまったという表情になる。
思わず突っ込んでしまったその行為が、はやての思うつぼだったと言うことに遅まきながら気付いてしまったからだ。
「ふふふ、わたしの勝ちやね」
「もう勝手にして……」
ぐったりとうなだれて、アリサは呻いた。
「大変そうだね、シグナムさんたち……」
「はやて、容赦無さそうだもんね」
なのはとフェイトの言葉には、深い同情の意が混ざっていた。完全に人ごとという態度ではあったが。
「あんたら、ねえ」
ぎりぎりと首を捻って、アリサは死人みたいな目つきで二人を見上げる。
「他人事だと思ってたら、いつか手痛いしっぺ返し喰らうわよ」
「あははは」
さすがになのはも苦笑いするしかなかった。
「心しておくよ」
フェイトは真剣な顔で頷く。
まだ彼女自身の胸はあまり大きくなっていないが、なにしろフェイトの母親はあのプレシアだ。実年齢を聞いてもまったく信じられないほどのスタイルを維持していた、魔女の。
あの年齢でああだったのだ。若かった頃はもっと凄いスタイルだったに違いない。そしてその血を引くフェイト自身も立派なスタイルの持ち主になる可能性が充分以上にあった。
「でもねえ……本当に大丈夫なの?」
何とか立ち直ったアリサが、ふと呟く
「大丈夫て、なにがや?」
「あんたの所の、リインフォースさん」
アリサはふっと口元をひん曲げた。二年前のクリスマスに巻き込まれた事件のことでも思い出したのだろうか。
「正直、あたしはあまり信用出来ないって思ってるんだけどさ」
はやてを前にしても、まったく遠慮しない。
「でも、なのはとフェイトが信じられるって言うから、あたしはこれ以上言わない。巻き込まれてひどい目に遭わされた分、あたしの方もフィルターが入ってると思うし」
「ほんま、ごめんや。あのとき、リインとわたしは一緒やったし、あれの責任はわたしにあるんよね。みんなに迷惑掛けて――」
「二年前のことだし、あんたはもう何度も謝ってるじゃない。今更いいわよ」
はやての謝罪を遮ったアリサは、腰に手を当ててため息を吐く。
もしかすると今更昔の話を持ち出してしまった自分自身に呆れているのかもしれない。
「そんなことより」
はやてに向き直った彼女の瞳には、真剣な光があった。
「ありえないことが起きてる。そっちの方が信じられないのよ、あたしには」
「けど、現実にリインは帰ってきたんやし」
「その現実に、どこか問題があるのよ。分かってるんでしょ、あんたも」
「それは……」
はやての表情が、少し曇る。
「死んだ人は帰ってこない。残酷かもしれないけど、この世界の真理よ。なのは達魔法使いにだって出来ないんでしょ、それどころか凄い力があったっていうフェイトの本当のお母さんだって、どうにもならなかったって言うじゃない」
「そう、だね」
フェイトがアリサの言葉に頷く。
プレシアが求めたアリシアの復活は、フェイトというまったく別個の人格を持った少女を生み出すだけに終わった。もとより、不可能な話なのだとクロノは後に語った事がある。人として何かを大きく間違えない限り、同じ人格と同じ記憶を持った存在など作れるはずがない。
つまり、死んだ人間は二度と戻らない。
それがプレシアの残した記録のいくらかを解析して得た結論だった。
「だってのに、一度死んだその人が帰ってくるなんておかしいじゃない」
「それは、リインは人や無いから……」
「それよ」
アリサの言葉には、微妙な棘があった。
「あんた、前に言ったじゃない。あの子達はあり方がちょっと違うだけで、化け物でも道具でもない。立派な人間そのものだ、って」
はやての言葉は、続かない。
そう。
アリサの言葉は辛辣だったが、正しかった。
はやての勝手な事情で人であることにしたり、またそうでないことにしたりする。それは、あまりに誠実さに欠ける言動ではないか。そう、彼女は指摘しているのだから。
「その通り、やけど」
「リインフォースさんが戻ってきたのは事実。それは認めるわ。けど、やっぱりどこかおかしいのよ。都合が良すぎるの」
アリサはため息を吐いて見せた。
「なんでありえないことが起きてるのか、それはちゃんと考えとかないとダメよ。現実ってのは夢の中みたいに都合の良い世界じゃないんだから」
「うん……わかっとる」
「なら、よし」
少ししょんぼりしたはやてに、アリサは屈託のない笑顔を向ける。
「あたしは魔法の事なんて分からないから生意気なこと言ってるかもしれないけど、でも少しは地面に足を付けて考えた方が良いって思うのよね」
「わたしらは空飛ぶもんな。どうしても地面に足が付かへんのや」
「そこ、上手いこと言わない」
笑いながら、アリサは軽くはやての頭をはたいてみせる。
「あれ?」
ふと、何の前触れもなくフェイトが顔を上げた。
それから慌てたように胸ポケットの中の携帯電話を取り出す。背面の液晶にはメール着信を知らせるアイコンが表示されていた。
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コメント
ひとまず誤字指摘。「実年齢を効いて」→「実年齢を聞いて」
でもって感想。
はやて…昼休みの食事時にナニ思い出してんすか!
アリサは『魔法に関わらない人間』として『魔法ですら有り得ない現実』を危惧している辺り流石ですね。
さてフェイトが受け取ったメールがどう物語を進展させるのか、楽しみです。
投稿 大坂者 | 2008年4月29日 (火) 23時32分
っえ?っちょ!?
前回の話って昼時にはやてがしてたの?
セクハラですやん。
そして、アリサ。
真に的を射ている発言。
相手の持論を持って、相手の穴を穿つ。
本当に頭がいいですね。そして、本当に相手を思うからこその言葉。
これからが非常に気になりますね。
投稿 ねこ | 2008年4月30日 (水) 23時26分