「始まりのエピローグ」・11
「クロノ、からだ」
フェイトは目を丸くして、メールの差出人の名前を呟いた。
「フェイトちゃんのお兄さんから?」
「珍しいわね」
すずかやアリサまで揃って首を捻る。
無理もない。
クロノはフェイトに対してメールをしてくることが滅多にない。
少なくとも、彼女が学校にいる間は皆無と言っていい。
魔法で連絡を取れるからという理由もあるのだろうが、単に彼女が学校にいる間は不干渉を旨としている。そんな雰囲気があった。
「珍しいわね……何か急な用事? もしかしてお仕事? 必要ならノート取っておくけど」
「えと……大丈夫。そんなに急な話じゃないみたい」
クスッと笑って、フェイトは携帯電話をくるりと回した。
「『旅行の予定』……?」
メールのタイトルだけを声に出して読み取り、アリサはわざとらしく口の端をゆがめる。何かから買うときの表情だとフェイトが気付いたときには、もう遅い。
「なに? 新婚旅行にでも行くの? フェイトとクロノで」
「ち――」
フェイトの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。
「ちがうん、だけど」
「アリサちゃん、フェイトちゃんをいじめたらかわいそうだよ」
すずかがとりなし、改めてフェイトが差し出した携帯に表示された文字に目をやる。
「えーと、こっちは参加メンバーが決まったから、そっちも他に希望者が居たら誘っておいてくれ?」
「行き先は――月守台、か」
その名を聞いて、なのはとはやての表情が少し苦いものになる。
「月守台っていえば温泉どころだけど、確かそこって一ヶ月くらい前……」
すずかが、ふと考えるような顔をする。
「うん。一ヶ月前、大失敗しちゃったところ」
なのはが困った顔を隠さずに、笑う。
「ああ、このあたりまで吹き飛ばしちゃう大惨事になりかけだったって奴ね。ま、本物の大惨事になったわけでもないし、あんたたちが揃って二、三日ひっくり返ってたってのだけが、あたしたちにとっての事実だけど」
「えらい目にあったんよ、本当に」
はやてのため息は、聞いているだけで陰鬱になってしまいそうなほどに深かった。
「管理局から来た担当官は頼りにならん人やったし」
「あれ? クロノ君じゃなかったんだ?」
すずかが疑問を挟んだ。
「あのときは、クロノがいなかったんだ。クロノだけじゃなくて、お母さんも、アースラのみんなが居なかったから」
最悪のタイミングだった、とフェイトは呟く。
幼い身でありながらも、彼女たちは十分以上に的確な判断を見せる事が多い。けれど、やはり深刻な状況に対応するには経験が不足している。
「メンテナンスとか、いろいろあって本局のドックに戻ってたんだ。それで、担当官の人とは入れ違いみたいな形になって」
三人は、結局その男の依頼に応じて任務に乗り出した。リンディやクロノの不在に不安がなかったわけではないが、管理局から正式に通達された任務でもあったし、なによりも。
「この辺が吹き飛びかねない、なんて言われちゃったら、行くしかなかったんだよね」
なのはの言葉は、三人の総意だった。
正式な命令が無くても、彼女たちは立ち上がっただろう。
「相変わらずバイオレンスな世界に生きてんのね、あんた達。あんた達らしいといえば、あんた達らしいけどさ」
「わたし達が今こうやって普通に過ごしていられるのも、なのはちゃん達が居たからなんだね」
アリサとすずかは魔導師ではない。けれど、魔法絡みの事件に巻き込まれたことが無いわけではないだけに、それらが大げさな話ではないと実感出来るのだろう。
「結局失敗しちゃったけどね……なんとか、被害は出なかったけど」
「担当官の人が頼りなかったから?」
「うーん、それとこれとは話がちょっと別やと思うけど」
はやては苦笑いする。
「まあ、でも変な人で、調子はちょう狂ったかも」
「あはは」
なのはも困ったような表情を浮かべながら、曖昧に笑った。
「なんか、魔導師って言うより科学者みたいな感じだったね。研究室に籠もりっきりの」
「どっちかいうと、オタクかマッドサイエンティストって感じやったな」
なのはの人物評に、はやてがやや辛辣な評価を付け加える。
「こんなごっついメガネかけとったし」
親指と人差し指で円を描き、はやてはそれを自分の目の前にかざして見せる。彼女の表現を信じるならば、顔の上半分がメガネに隠れてしまうような大きさだ。
「白衣着とったけど、あれはたぶんかなり長いこと洗濯してへん感じやったよ。ユーノ君が成長したらあんな感じになったりするかもしれんなあ」
「それは、ちょっと引くかも」
アリサはふとその姿を想像してみて、思い切り引いた。
実際、ユーノは現在無限書庫に籠もりきりで、なのはとさえ碌にあっていないという。その状況を思えば、想像は難しくなかった。
「で、そんなところに行ってどうするの?」
「たぶん」
フェイトがもう一度携帯に表示された素っ気ない文章に視線を落としながら、小さく微笑む。
「そこに行けば、リインフォースさんの復活の手がかりがわかるかもしれない、ってクロノは判断したんだと思う」
厳しいことを口にしながらも、最大限の尽力を惜しまない。そんな兄の気遣いを、フェイトはよく知っていた。はやてから最初の連絡があってすぐ、クロノが予定を立て始めていたと言うことも。
「何で復活したのかがわかれば、リインフォースさんの立場を定めることが出来る。それからなら、いくらでも手の回しようはあるって、クロノは言ってたけど」
結局その思惑は、リンディの脅迫によってよりフレキシブルな方向に振られてしまったわけなのだが。
「とにかく、調べて悪いことはないはずだから」
「なるほどね。最近起きた大きな事件って、それくらいだしねえ」
「心当たりは、それくらいしかないワケやから、当然ゆーたら当然やね」
「あは、ユーノ君も来るんだ」
なのはのトレードマークとも言っていい、頭の両サイドでまとめられた髪の毛が、ぴょこんと跳ねる。
「調査にはうってつけの人材、ってことだね」
フェイトも頷く。彼も今は重要な仕事を任される身だ。容易に呼び出せはしなかったに違いない。
「それじゃ、旅行じゃなくて仕事じゃない」
アリサの指摘は、確かに間違っていない。けれど。
「えと、一応、旅行って名目にするしかないんだ。管理局として行くわけじゃないから」
「ああ、リインフォースさんのことは上には内緒にしてるんだっけ? 大変よね、あんたたちも」
フェイトの説明に、アリサは思い切り呆れた口調でやれやれと頭を振る。
実際、まだ中学生にもならない少女たちがそこまであざとい判断をしなければならないのだ。大変でないわけはないだろう。
「わたしは家族のためやから、全然大変やなんて思ってへん、けど」
「わたし達にとっても、お友達だよ。リインフォースさんは。なにより、わたし達をはやてちゃんって言う友達に出会わせてくれた」
「戦いはしたけど、それは彼女のせいじゃない。それに、リインフォースのおかげで私はアリシアに会えた。それが夢の中のことでも、確かにそれはあったことなんだ。だから、わたしはリインフォースに感謝してる。できることがあるなら、手伝いたい」
「なのはちゃん……フェイトちゃん……」
感極まった様子のはやてに、二人は力強くうなずく。
「まあ、あたしたちだって友達の家族のことだもの。手伝えることがあるなら、何でもするけど」
「うん。そうだね」
「アリサちゃんもすずかちゃんも……ほんま、みんなにありがとうや」
はやては目元を軽くぬぐうような仕草をして見せた。
「えと、そういうわけで、もし希望者がいたら誘っていいって」
「月守台か……みんなで温泉入りに行くってんなら、悪くはないわね。温泉宿に一泊、経費は管理局持ちで今度の週末? バーベキューの予定もあり? 塾もないし、本当に遠慮しなくていいんならご一緒したいけど」
「えーと、わたしも、行っていいかな。なんだか調査の役に立たない部外者がお世話になっちゃうのって、気が引けるけど」
アリサとすずかの返事に、なのはは満面の笑みを浮かべる。
「大歓迎! だよね? アリサちゃんにもすずかちゃんにも休んでるときのノートとか、いつもわたしたちのフォローでいろいろお世話になってるし、立派な関係者だよ」
「そうやね。みんなおる方が楽しいしな」
「うん、クロノのメールにも、みんな遠慮せずに参加してほしいって書いてある。大丈夫」
幼い魔法使い達の歓喜の声に、アリサは苦笑いとも微笑みとも付かない表情を浮かべた。
「なら、遠慮しないわよ」
「そうだね。なのはちゃんたちと旅行に行くのも久しぶりだし」
すずかも素直に喜びの意を示す。
実際、休みになれば魔導師としての勉強と訓練に明け暮れているなのは達は、ここのところ滅多に旅行に出かけることもなかった。
「でもさ」
アリサは突然、にやっと笑う。
「――いつかは行くんでしょ、新婚旅行」
同じネタでまだ攻める気らしい。
「え、そ、それは」
フェイトの顔が、また真っ赤に染まった。
うつむき「えと……」とか「その……」とかもごもご口の中で言っているその光景に、アリサは微笑む形で眼を細める。
「まんざらでも無さそうね……あたしはあんたの事てっきりなのは一筋だと思ってたんだけどね」
肩を竦めながら、アリサはフェイトと初めて出会った頃のことを思い出す。
友達にしてはいささかベタベタすぎた二人の初々しい交流を、なかば羨みながら微笑ましく見守っていた日々。あれからもう二年が経とうとしている。今でもフェイトはなのはとやたら仲が良いが、さすがに危惧したような倒錯した人間関係には発展しなかったわけで、アリサとしては少しほっとする部分もあったわけだが。
「あはは。今更新婚旅行もないやろ。めっちゃラブラブやしなー」
はやてもアリサの尻馬に乗った形でフェイトをからかいに走る。どうやら矛先はアリサからフェイトに向いたらしい。
安心したアリサは中断していた弁当に箸を延ばした。いつまでもこうやっていては食事が終わらない。
アリサの箸に迷いはなかった。今度の狙いは大好物の玉子焼きだ。お弁当のおかず交換でも滅多にリリースしない、とっておきの一品。口の中に含めば僅かに残った半熟の卵液がじゅわっと口腔の中にひろがる。やや甘めの出汁と一体になったその味わいに、アリサは目を閉じて一瞬陶酔――
「――だってもう初夜も済ませちゃってるもんな」
ぶーっ! というものすごい声というか音というか、そういうたぐいの効果音が発生した。
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コメント
メールはクロノからでしたか。リインフォースの事があるから旅行名目だけど、実際には調査…。
頼りなかった研究者風の担当官って方にも興味ありますが…。
最後のはやての爆弾には吹いた(反則です)。旅行先でアリサにもイジラれる事確定だな、エロノ……
投稿 大坂者 | 2008年5月 4日 (日) 06時55分
はやては本当に友人に恵まれてますね、なのはにフェイト、それにすずか。
アリサ?彼女はどっちか言うとツッコミ役兼いじられキャラ、でしょ?
最後の一言も明らかに狙いすましてますよ、はやては。
そして、温泉とエロノにフェイト。
どうなるのか楽しみにしてます。
そして、なのは×フェイトな私に、エロノ×フェイトの良さを教えてくれてありがとう。
で、フェイトちゃんはホントにすませちゃったんですか?
初夜を?
投稿 ねこ | 2008年5月 4日 (日) 10時58分
>大坂者さん
話はようやく動き始めたところです。
そして担当官もいずれ姿を現すでしょう。
エロノ君はエロエロなのです。
>ねこさん
アリサは文句なしに良い子ですよねえ。バーニングアリサとかが人気なのもよく分かるというか。
エロフェイ(違)に関しては別途一篇用意しますw
それが回答編となるでしょうw
投稿 ちょー(管理人) | 2008年5月10日 (土) 04時41分