始まりのエピローグ・24
「おかしいと、思わなかったか?」
「何がだよ」
写し身の騎士達が消え去った夜空の上で、シグナムの言葉にヴィータは意味がわからないというような顔をした。
「不自然すぎる。主はやては何故、もっと確実な魔法で我らを吹き飛ばさなかった」
「何故って――」
答えかけたヴィータは、そこで言葉に詰まる。
「そもそも、宿でクロノ執務官と戦っていたとき――あのときも、おかしかった」
「わからん。何を言っている?」
「クロノ執務官が我らを背にしたとき、主はやては砲撃を放たなかった」
「そりゃ、当然だろ」
何を言っているのか、という口調で、ヴィータはシグナムをにらみつける。
「いや、違う。当然ではない」
「何が違うんだよ!」
「あのとき、主はやてはクロノ執務官が我らを――そしてなのはやテスタロッサを背後においたために、攻撃を完全に諦めていた」
「それは――はやてが、優しいから」
「そうじゃない」
シグナムは首を横に振る。
「当然ではないのは、クロノ執務官の方だ」
「え――?」
「クロノ執務官は、テスタロッサの命を救うと、そのためならすべての罪を負うとまで、口にしていた。そのクロノ執務官がテスタロッサを盾にするなど、不自然きわまりない」
「それは、確かに、そうだけど――」
「それで、お前はそこに何の意味があると考えているのだ」
ザフィーラが静かな声で問う。
「執務官は、何かに気づいていた」
シグナムはゆっくりと言葉を選ぶ。
「そして、その何かを確認するために――いや、我らに見せるために、あのような方法を取ったのではないか?」
「でも、はやてを殺そうとしたじゃんか!」
「起動にひどく時間の掛かる魔法で、な」
シグナムは己の拳を見つめる。
「まるで、誰かが割り込むのを待っていたかのように」
「それって――」
「そうだ、シャマル。執務官は、待っていたのだろう。私が立ち上がれるようになり、割り込めるようになるまで」
シグナムは、もう確信の色をその瞳に浮かべていた。
「あのとき、私は飛翔するのが精一杯だった。なのに、執務官はそんな私の剣に遮られて魔法を止めた。軽く振り払えただろう私の腕を、無理に振り払うこともしなかった」
そう。
彼女は、理解していた。
クロノがわざわざシグナム達の回復を待った理由も。
クロノが彼女に譲った意味も。
そして、自分が何をしなければいけないのかも。すべて。
☆ ☆ ☆
ぱん。
乾いた、音だった。
重くもない。大きくもない。けれど心に響く音。
「あ……」
はやてが、つぶやく。
「叩い……た?」
その手が、頬を抑えている。
赤くなった左の頬を。
赤くなっただけだ。少し腫れてはいるだろうし、しばらくはじんじん痛むかも知れない。けれど、それだけのこと。
「ええ、叩きました」
シグナムは淡々と答える。
傷だらけの身体からは、未だ大量の体液が流れ出している。シャマルの再生魔法ですでに修復は始まっているが、それでも、立っていられるのが不思議なほどの重傷。
けれど、シグナムはしっかりと立っていた。
そこで膝をつくわけにはいかなかったから。
「痛いですか、主はやて」
己の痛みなど無視し、問う。
「痛い――よ」
長い療養生活で痛みなど堪え慣れているはずのはやてが、震える声で答える。
「主はやて……いえ、はやてがいくら言葉を重ねてもわからないなら、叩きます。何度でも、叩きます」
繰り返しながら、彼女は自らの平手にもう一度視線をやる。
はやての頬を叩いた、右の平手。
彼女が騎士として生を受けて何年の時が経過しただろうか。数え切れない年月を無数の主たる人間とともに過ごしてきたはずだ。けれど、それが主に向けられたことはただの一度もなかった。あるはずがなかった。彼女は主の忠実な騎士なのだから。
まして、それをはやてに向けることなどあってよいはずはない。
けれど、シグナムはそうした。
「家族ですから――」
絞り出すような一言。
そうするだけに、どれほどの勇気がいったのだろうか。
「間違っている事には間違っていると言います。必要なら叩きもします」
「わたし、間違っとったか……?」
「間違ってるのに、気づいてなかったわけではないのでしょう?」
「そんな事ない……わたしは間違っとらん……」
弱々しく、頭を左右に振る。
けれど、その弱々しさこそが、あまりにも明快な回答。
だから、シグナムはもう一度告げる。
「リインフォースは、あなたと一緒に消えたいなどと思っていません」
そう。
それこそが、はやての選んだ選択。
リインフォースの再生は、暴走したロストロギアによる一時的なもの。
魔力を使い切れば、あの担当官が断言したように消え去るだろう。防衛プログラムが暴走すれば、使い切るには数秒ほどの時間しか必要あるまい。
そのときに、はやてが融合していたらどうなるか。
リインフォースだけ消える、という可能性は、低い。
きっと一つになったはやてと一緒に、溶けゆくだろう。
☆ ☆ ☆
「そんなこと、あらへん……」
はやては否定しようとする。
けれど、シグナムはもう一度それをはっきり否定する。
「ならば、なぜ、いまあなたはリインフォースの姿をしていないのですか?」
「それは……」
はやては答えられなかった。
今リインフォースにユニゾンの主導権を渡せば、どうなるか。彼女がいったいどんな選択肢を取るか、知っていたから。
「主はやて――」
シグナムは細いその躰を抱きしめる。
いとおしき、主の身体を。
「もう、いいんです」
「でも、だめや……リインを、あの子を、一人で行かせたくない」
「そんなこと」
シグナムはつぶやく。
「みんな一緒だよ、はやて」
「私達の誰一人、あの子を一人で行かせたいなんて、思ったことはないわ」
「そう、我らはいつも皆で共にありたいと望んでいた」
ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも。
シグナムと一緒に、首を縦に振る。
「けど、それではやてがいなくなっちゃうのは、もっと嫌だ」
「ヴィータ……」
はやては嗚咽を漏らす。
「はやてちゃんがいない世界なんて、我慢しきれないわ」
シャマルの手が、はやての肩にそっと添えられる。
「それに、リインフォースも、それを望まない……すべてを我らに、そしてあなたに託したからこそ、彼女は笑って消えることが出来た」
「けど!」
はやては顔を上げる。
傷だらけになった騎士の顔を、見上げる。
「あの子だけ消えてしまって、それでいいわけあらへんやないか!」
「リインフォースは、消えません」
それは確信だった。
「彼女が蘇ったのは、消えなかったから――主はやて、あなたの中に息づいていたからです。一緒の時間を生きることは、もう出来ないでしょう。けれど、それでも――彼女は、あなたの中に息づいているんです」
腕の中の細い躰を、強く抱きかかえる。
「あなたは、良いんですか。自分の罪悪感を打ち消すために、彼女の存在を本当に消してしまっても」
「良いわけ――」
シグナムの手に、はやての手が重ねられる。
「あらへん」
「なら」
いとおしい少女の頬に手を添え、騎士は囁く。
「そろそろ、夢から覚ましてあげましょう」
こくりと、はやては頷いた。
夢が、覚める。
「主はやて……」
微笑むリインフォースの姿は、すでに頼りない幻像のごとく揺らめき始めていた。
「私は、幸せです。幸せになった騎士たちを見届け、あなたとかけがえのないひとときを過ごすことが出来た。ただの残滓でしかない私には過ぎた幸せです」
はやての頬へと伸ばされたその手は淡い光に包まれ、その向こうがぼんやり透けている。
「リイン……ごめんな……わたしは、ホンマわがままでダメな子や」
「いいえ、主」
リインフォースははやての頬に流れる涙を、指で掬う。
「あなたのおかげで、私は騎士達がきちんとあなたの家族としてやっていけると言うことまで、知ることが出来た」
ふっと微笑み、シグナムに代わってはやてをかき抱く。
「あなたは、私にこういいました。夢は、夢だと。今度は、私が言う番です。主はやて」
少しずつ色あせていく手が、はやての頬に添えられる。
「主はやて……私は束の間の夢です。夢は、夢。本物ではありません。そんな私が消えるのは、悲しくも、寂しくもないことです。ですから、泣かないでください」
そして、はやての脚に、そっと手を伸ばす。
「あなたは、罪を背負わなくて良い。ありもしない重さにおびえて、立つことを諦めないでください」
「何でも、お見通しなんやな……」
はやては、泣きながら笑顔を浮かべてみせる。
「私は、ずっとあなたと一緒に居ましたから」
リインフォースもまた同様に、笑顔を浮かべる。
「だから、もう一度呼んでください、主はやて」
そう。
もっと早くに気づくべきだったのかもしれない。
あの朝、ただ一度口にして以来、それから一度もはやてはその言葉を口にしなかった。
それは、夢を終わらせる儀式だったから。
「うん――」
涙を流しながら、しゃくり上げながら、はやてはゆっくりと、はっきりと、その言葉を唇に載せる。
「強く支えるもの――」
頼りなく色あせたリインフォースの手に、己の手を重ねながら。
「幸運の追い風――」
リインフォースの流す涙を、そっとぬぐいながら。
「祝福のエール――」
微笑むリインフォースに、精一杯の笑顔を向けながら。
「――リイン、フォース……」
ひゅう、と風が吹いた。
微笑んだリインフォースの姿が、揺らぐ。
まるで、その風に誘われたように。
風の中に吸い込まれていくように。
はためいた銀髪の先が崩れ、そしてリインフォースの姿は光へと変わっていく。
(ああ……本当に幸せでした)
彼女を形成していた自我が、崩壊していく。感情を構成していたプログラムはエラーを起こして消滅し、記憶を構築していた膨大な情報も堰を切ったように無限の彼方へと散逸する。
その合間。
彼女は束の間の夢を見る。
それはひどく暗い部屋の中。
いくつかの計測器に囲まれたガラスケースの中に、光がある。
懐かしさを感じるそれは、リンカーコアのかけら。
蒼天を思わせる涼やかな光の、かけら。
(はじめまして、祝福の風を継ぐものよ)
彼女は知っている。
いつか、このかけらこそが主であるはやてと共に生きていく存在になるのだと。
リインフォースの名を継ぐ、新たなはやての家族になるのだと。
まだそれは胎児にも似た未分化の存在でしかない。けれど、その中には確かなたましいが宿ろうとしている。
(私はあなたに何も出来ない。力を伝えることも、記憶を伝えることも、言葉を残すことさえ出来ない。私に出来るのはたった一つ)
だから、彼女は両の手をそっと合わせる。
(祝福しましょう。新たな祝福の風の誕生を。主はやてと共に在るべき蒼天の光よ)
祈る形に合わせた両手が、そのまま粒子のようになって形を失う。
リインフォースという存在を構築していたすべてが、虚空へと溶け込んでいく。
けれど、彼女は消えるのではない。
帰るのだ。
彼女が在るべき所へと。
「リインフォースっ!」
はやての悲鳴にも似た声に、赤い光がもう一度だけ瞳の形を取り戻す。
――ありがとう。。
その形に、口であったもののシルエットが一度だけ動く。
そして。
夜の闇が帰ってくる。
静かな、月守台の夜が。
風のかすかな音が響く。虫の囁く声が聞こえてくる。遠くの街も色を取り戻している。彼女たちを取り込んでいた結界はすでに失せたのだろう。
「あの子は、帰ってしもうたんやね……夜の空に」
背後からシグナムに抱き留められた体勢で、はやてはぽつりとつぶやいた。
その躰は、もう騎士甲冑に包まれていない。故に、彼女はまた立つ力を失っている。
「違います」
けれど、シグナムは首を横に振る。
「さっきも言いましたよ。リインフォースはここにいます、と」
そして、改めて彼女は自分の胸にも手を添える。
「そしてきっと、私たちの中にも」
「そうだな。もしかしたらあいつ、忘れられないために出てきたのかもな。ああ見えて、寂しがりだから」
ヴィータが顔をゆがめて笑う。
今にも泣き出してしまいそうな笑顔で。
「そうやな……みんな、リインフォースと一緒におったんや」
はやてがようやく頷く。
「リインフォースを一人ぼっちにさせたらあかん、なんて思って、最低の間違いをするところやった」
ぎゅっと、シグナムの胸元にしがみつく。
「いっ――!?」
思わずシグナムが悲鳴を漏らしたのは、無理もない話だ。何しろシグナムの身体は未だ傷だらけで、十分に回復していない。緊張が抜けたために、痛みが一気に襲ってきたのだろう。
思わず反応したはやては、シグナムから身を離そうとする。けれど、魔力の補助なしには立つことも出来ない彼女の身体は、支えを失えばぐらりと傾いてしまう。
「も、申し訳ありません。主はやて」
あわててシグナムははやての身体を支えなおす。
「そうやな……そろそろ、帰ろうか。みんなにも謝って、クロノ君にも謝って、悪いことした分は、ちゃんと償わんとあかん」
「その必要はないんだが」
その声は、騎士たちのものではなかった。
揃って見上げられた視線の中、夜の闇から人影が二つ降りてくる。
クロノとユーノ。
結界の外で成り行きを見守っていた二人は、それが消滅したことで終結を知ったのだろう。だが、何故か二人は不自然に視線をそらしていた。奇妙に気まずそうな様相だ。
そんなクロノの手には、小さな袋がぶら下げられている。
「忘れ物だ」
乱暴に放り投げられた袋をのぞき込み、はやては顔を紅くした。
それは、下着まで含めたはやての衣服一式だったから。
「あ――」
今頃になって、はやてはようやく気づく。
自身が素っ裸のままだったと言うことに。
「み、見んといて!」
「言われなくとも、みてはいない」
クロノは怒ったように、口をとがらせる。
「み、見たくないんか? わたしの裸なんか」
「そう言う問題でも、ない」
クロノは頭を抱える。
「いいから、さっさと服を着てくれ!」
くちゅん、とかわいらしいくしゃみを一つ漏らし、はやては慌てて下着を手に取った。
「それで、必要はないって、どういう事?」
服を着込んだはやての顔は、まだ少し紅かった。
「君が罪を償う必要なんて、無いって事だ」
「でも、なのはちゃんとフェイトちゃんが――」
「二人とも、もうとっくに目を覚ましたよ。今のところ異常はないみたいだ」
ユーノは皆を安心させるよう、努めて朗らかにそのことを告げる。
「良かった……」
ヴィータが心底ほっとしたような顔をした。
「なのはがあのまま目をさまさねーとか言うことになったら、寂しかったからな」
「とりあえず、帰ってもう一度一風呂浴びて寝たいところだが」
クロノは疲れた表情で、自分の肩を軽く揉む。全く緊張感の感じられないその表情を見れば、本当に二人には全く異常がないのだと言うことが知れた。けれど。
「けど、あかん。わたしはいっぱい悪いことをしてしまったから」
はやてはうなだれる。
なのはやフェイトに対する傷害ははやての意図ではなかったとしても、許可のない魔法行使。そしてヴォルケンリッターを相手にした戦闘行為。なによりもリインフォース復活を本局に報告しなかったこと。仮にも保護観察の身でこれだけのことをしたのだ。言い逃れのしようなど、無い。
「悪いこと? 何の話だ?」
こきこきと肩を鳴らしていたクロノが、意外そうな声を上げた。
「へ?」
むしろ、そのクロノの返答にはやての方が驚いてしまう。
「だ、だって、なのはちゃんやフェイトちゃんに悪いことをしてしもたし――」
「君たちは」
クロノは背中を向けた。
「ケンカをしただけだ。家族内のケンカをいちいち管理局に報告するほど、僕たちは暇じゃない。それになのはとフェイトは湯あたりしただけで、アルフは、そう、呑みすぎだな」
「けど、それじゃ……」
「なのはにもフェイトにも何もなかった。僕はそれでいいと思ってる」
はやての言葉を遮って、クロノは手をひらひらと振る。
「確かに、ちょっとスケールの大きな家族喧嘩みたいなものですもんね」
もっともらしく頷いたのは、シャマル。
「いーのかよ、そんないい加減なことでさ」
憎まれ口を叩くヴィータに、クロノは苦笑して向き直った。
「いい加減というか、罪の問いようがないんだ。前に母さんが指摘したように、復活したのはリインフォース一人……そもそも、正式にデータの採取をしてないから、消滅したはずの彼女が再生したって事実を立証することさえ出来ない」
指折りながら、立件できない理由を挙げていく。
「傷害で立件しようにも、なのはとフェイトに現在異常は認められない。リンカーコアは、先ほど無事に回復したことを確認してる。異常があった痕跡ごとね。ロストロギアの不正使用なども、無理だ。暴走したロストロギアも、公式にはもう失われたことになっている。戦闘行為も完全に身内だけのものだし、封鎖結界内では明確に罰する規定がない。せいぜい、大規模魔法の不許可使用くらいか」
最後に小指を折り曲げて、クロノは振り返った。
「ケンカに魔法を使うのは、あまり褒められたものじゃないんだがな」
「そう言う問題、かな?」
「そう言う問題さ……」
「そうやな」
小首をかしげて、はやてはにやりと笑って見せた。
まだ無理の残る笑顔だったが、それでも笑うことは出来る。なにしろ。
「考えてみたら、クロノ君も犯罪者やしな」
「んな――!?」
「女風呂への乱入とか、しっかりしとるし。そもそもフェイトちゃんに手を出したってのもあったんよね、そう言えば」
「そそそそそれは関係ない!」
目をむいて怒声をあげ、それからクロノはため息をつく。
「さて、夕食には少し遅くなってしまったが」
クロノはきびすを返す。
「君たちは先に帰っておいてくれ。結界がもう無くなっているから、人目に付かないようにな。僕にはちょっと用事があるから、後で戻る――あとは頼んだ、ユーノ」
「ああ、任せておいてくれ――気をつけろよ」
騎士たちに聞こえないように最後の言葉を付け足し、ユーノは一瞬厳しい表情を見せた。
頷いて地面を蹴り、クロノの身体が宙に浮く。
その黒い服は、夜の闇に紛れてあっという間に見えなくなった。
「さあ、僕たちは帰ろうか。夕食も用意してあるし」
ユーノはため息をついて振り返る。その顔に、一瞬前まで浮かんでいた懸念は残っていなかった。
「そうやね……もうお腹ぺこぺこや」
「しかし、夕食はもう片付けられているのでは?」
「一応、部屋の方に用意してもらってる。なのはたちも君たちのことを待ってるはずだし――」
ユーノの言葉の途中で、甲高い呼び出し音が鳴った。
はやての胸ポケットに入れられた携帯電話の、着信音だ。
「――アリサちゃんからメールや……『とっとと帰ってきなさい!』やって」
「早めに帰らないと蹴られちゃいそうだ。行こう」
ユーノの促す言葉に従い、狭い境内を抜ける。
結界内での暴走事故で焦土となり、はやての魔法によって跡形もなく吹き飛ばされた拝殿も、ユーノの結界の中であるここでは何事もなかったかのように佇んでいる。根本からへし折られた鳥居も、全くの無傷。
「夢の中におったみたいや……」
シグナムに背負われたまま、はやては呟く。
「夢だった方が、良かった?」
「主が望まれるなら、我らも夢であったことにしましょう」
「あたしたちは、それでもいい。夢として、いつか忘れてしまってもいい」
従う騎士たちが、口々にそんなことを言う。
けれど、騎士たちは知っている。
主が首を縦に振らないと。
「夢は、夢や。現実やない。でも、わたしらがリインフォースと一緒におったのは、現実や。忘れたら、だめや」
「ええ、その通りです。主はやて」
はやては、頷くシグナムの首に強くしがみつく。
「だから、忘れん。この一週間を……」
固い決意と共に、呟く。
「――わたしの後悔は、忘れることはない。でも、もう悔いることもない。前に向かって歩くために」
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